一つ年下の幼馴染は学校では後輩にあたる。

「魔王」と私が勝手に思っている、無駄に女子に人気のある幸村が支配する、あ、間違った。無駄に女子に人気のある幸村が部長のテニス部に所属して、二年生でありながらレギュラーだ。
昔は素直に「お姉ちゃん」と後ろをついてきていた記憶があるような気がするが、今となってはただの糞生意気なガキである。小さいうちはそのちまっこさで生意気なことだって微笑ましい目で見ていてもらえるが、中学二年にもなればそんなことはないのである。

「あいつ、私に〝先輩〟って付けないのよ!! 学校でもっ!!」
「…………」

バンッと机を叩き、椅子から立ち上がった私に、目の前の赤い頭が驚いたように目を見開いた。
クラスが同じの丸井を、放課後の部活前の時間に捕まえて幼馴染のことで愚痴るのは、ここ一週間で日課となりつつある。部活前の貴重な時間を私のために費やしてくれてありがとう。半強制的に無理やり聞かせてるだけだけどほんっとにありがとう。
仁王とかもいるけど、あいつは絶対何かたくらむから思い直して、こうやって丸井に聞いてもらっているということだ。あのペテン野郎のこと。こうして丸井に愚痴り倒している内容なんかも、どこからか調達しているかもしれないが。

「……まあ、あいつもいろいろ複雑なんだよ」
「何が!? というかその複雑とかいうのに私関係あんの!? 巻き込まれる理由ないっての!!」

ギャアギャアと発狂したように叫び出す私に、丸井が困ったような顔をした。こんなことを知られたら学年の女子にやっかまれること間違いなしである。「丸井くんに近寄るな!」とか「丸井くんを困らしてんじゃないわよ!!」なとどいう黄色い声が聞こえてきた気がして落ち着くことにした。
さっき乱暴に立ったせいで斜めを向いている椅子にドカッと座る。女らしさの欠片もない。

「普段は仲いいんだから本人に聞けばいいだろぃ」
「あ、そっか」

言われてみればそうなのだ。これだけ騒ぎ倒しておいてアレだが、一応幼馴染仲はいい。何で今まで本人に聞く、という発想が出てこなかったのだろう。

……あ、誤魔化されそう、と思ったんだ。


「赤也」
「何だよ」

お互いの家の夕食が終わった後、家が近いこともあって赤也の部屋と私の部屋で交互にゲームをするのが小学校のころからの習慣になっている。
が、最近はもっぱら私の部屋だ。赤也の部屋はちらかりすぎなのである。

試験前になれば一方の部屋で一緒に勉強をすることも珍しくない。というか、学年が違うのだから必然的に私が教えることになるのだ。とくに英語。ヤツの英語は信じられないくらいヤバイ。もう破滅的だ。高校受験とかどうするんだろう。もしかしたらスポーツ関連で入るのかもな。もう知らん。

「複雑ってどういうこと?」
「は?」

は? って何さ。まあ脈略なかったしいろいろ省きすぎたけど、生憎一から十まで説明するような性格はしていないのだ。

「丸井に、赤也は私のこと先輩扱いしない、って言ったら」
「……俺が複雑って?」
「そう」

赤也は大体の話の流れは察したのだろう。「いらねーこと言いやがって」みたいな雰囲気で眉間にしわを寄せた。あんた目つき悪いんだからにこやかにしてないと駄目よ。そのしわ一生取れなくなったらどうすんの。イケメンなのに。……目つきは怖いけど。

赤也が返答に渋っているので、近くにあったボックスからポテトチップスを取り出してバリッと開けた。ポテトチップスをつまんで赤也の口に持っていくと、スタートボタンを押してゲームを止めてまで返事を考えてくれている赤也が口を開けたからそれを突っ込む。
私も食べながら、そばに置いてあったオレンジジュースを口にした。
うん。お菓子を食べた後はさっぱりしたジュースが飲みたくなるよね。とか勝手に頭の中で思っていると、急に目の前の幼馴染が何かを決心したような顔でこちらを向く。

試合前より真剣な顔、ってあんたどうなのそれ。

「ん? どうした?」
「あのな、驚くなよ?」
「驚かないよ。赤也が奇想天外で物体Xなのは昔からだし」
「あ、ひでー」

せっかく真剣に言おうと思ったのに、と中二にもなった幼馴染は頬を膨らましてぶーたれた。
「そんなこと言ってないで。で、何なの」とこっちから話をふってやると、さっきには劣るが、それでも真剣な顔をする。
赤也が真剣になるなんて、よっぽどのことなのか。それでもそういう雰囲気は私には合わない気がして、その空気に気付かないふりをしながらポテトチップスをパリッと歯で噛む。

「俺な」
「うん」
のことが好きなんだ」

ブッとオレンジジュースが噴出しそうになって口を押さえる。何とかぎりぎりのところで踏みとどまった私は、きっと凄く驚いた顔をしていただろう。

「きったねー」
「うっさいわね!! あんたがいきなりそんなこと言うからでしょ!!」
「ちゃんと真剣な顔してただろ!!」
「複雑の理由聞いたのにそんなんくると思うかぁあ!!」

今目の前にちゃぶ台があれば、アニメのようにひっくり返していただろう。そうに違いない。

幼馴染から告げられたその言葉は、混乱する頭で考えても自分にあてはまる感情で、それにすら今まで気付いていなかった自分が酷く鈍感だったことに気付く。

赤也が好きと言ってくれるように、私も赤也のことが好きなんだと、気付いたのは今この瞬間で、遅すぎた私にはいつから好きだったのかなんて知ることもできないようで、それに僅かな寂しさを覚えた。

「…………私だって好きだよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないわ!! なんでここで嘘なんかつかなくちゃいけないんだよ!」
「そうだけど……」

だって、ありえないだろ? とか言い出す。
おい。気付くのが遅かったからとはいえ、君は私が一応頑張って伝えたそれを疑うのか。殴っていいか? これ殴っていいか? いっそ2リットルのペットボトルの半分を満たしているこのオレンジジュースを頭の上からぶっかけるってのはどうだろう。もったいないけど。

赤也と分けたおかげで、今さっき開けたばかりにもかかわらず半分にまで減ったそれを見やる。

いつもこうやって、一緒にいたのに、何で今まで気付かなかったんだろうな、と思いながら、それが当たり前になりすぎて気付くのが遅れてしまったということを理解した。
何回2リットルのジュースを分けてきたんだろう。時には丸井や仁王や桑原が入ったり、幸村が見たらあまり嬉くないほうの意味で昇天する感じの笑みを浮かべていたり、そんなこともあったけど、それでも赤也だけはいつもいたような気がする。

「……ほんとに、ちゃんと好きだから」
「……そうかよ」

親に言うと絶対騒ぐから、バレるまで内緒にしようと指きりをして、ゲームを再開した私たちは、付き合ったってこんな日々が変わらないことを今理解した。

長年付き合ってきた『幼馴染』という関係にさよならすることは、きっと一生できないんだろう。

埋めようのないゼロセンチ

(〝後輩〟になったら離れていくような気がしてた)
  • 2010/06/12
  • 確かに恋だった
  • 4
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