対象外も甚だしい。そう思っていたのはいつだっただろう。何年も前じゃなかったように思うんだけど。

今の時代、やれ少女漫画だ、やれ女性向け雑誌だ、小学生であれど恋愛という一種の病気的現象に触れる機会は少なくない。ということで、今の小学生はとてもませている気がする。「○○くんがと目が合った」「△△くんを好きになった」そんな会話すら、小学校中学年にもなれば普通に行われているものだ。昔がどうだったかは知らないが。

かくいう私も、友人と恋バナと呼ばれるものをしたことがないわけではない。
その中で「留宇衣は恋愛興味ないの?」と驚きまじりに言われた覚えがありすぎて、幼馴染である彼すらそう思ってしまうほどであるようだ。

少し前までは〝対象外〟と一方的に言っていた相手に、それを期待するのは喜ばしいことではないのは重々わかっているのだけれど。


最近幼馴染が少し女っぽくなった気がする。
いや、もともと女ではあるんだけど、それにしても雰囲気が可愛くなった? 綺麗になった? そんな気がするのだ。たまたまそういうことを零してしまった相手が仁王先輩で、「女は恋をすると変わるもんじゃ」と、そう言われた俺の頭の中はぐちゃぐちゃになった。

あいつが恋愛……? とその単語を初めて聞いたような、なんとなく気持ち悪い感覚に陥った。
そういえば、一週間くらい前に、「ジュリエットよりシンデレラがいいな」なんてわけのわからないことを言っていたのを思い出す。あれは恋愛の話だったのか。


「赤也、私のクッキー食べたでしょ」
「はあ? ……あ、」
「やっぱり!!」

女らしくなったと思ったそばからこれだ。女として意識するとか、そういう次元の話ではないような気がして、そうでもないか、と思い直した。

実はこいつが男子から結構人気があるのだとか、本人にその気がないから周りは渋々引き下がっているだとか、幼馴染という位置を利用してちゃっかり留宇衣への周りの印象やらを耳に入れている俺からすれば、留宇衣が恋愛に興味を持つことはとても困る。
どれくらいと言われれば、部活に遅れて副部長に怒鳴られたり、赤点とって副部長に殴られたり、そういうことが霞むくらい困る。

それは紛れもなく俺の留宇衣に対する感情がその、〝恋愛〟というやつだからだ。

彼女のそれに対する興味が他人よりも極端に薄かったから、留宇衣に彼氏というものができたことがないのであって、そうでなければきっと今頃彼氏と笑い合っているような、それくらいには人気がある容姿と性格なのだ。
女らしいよりは話しやすい方がいいという男子は五万といる。留宇衣のとっつきやすい話し方や、冗談の通じる性格はきっと好かれる理由の一つくらいには数えられるはずだ。そういう、確信に似たものが俺の中にはある。

「ちょっと、話聞いてるの?」

俺の頬を両手で挟んで、至近距離から俺を見つめる留宇衣にドクン、と心臓が鳴った。

無自覚か、計算か。
賭けるなら前者だ。こいつは駆け引きなんかできるタイプじゃない。仁王先輩でもあるまいし。

「聞いてない」
「聞けよおい」

そんなじゃれ合うような時間が酷く大切になったのはいつからだっただろう。

「……赤也、最近悩みとかある?」
「は?」
「だっていつも上の空だから」

「何だ、案外鋭いんだな」と、そこまではよかった。次の言葉を聞くまでは。

「好きな人でもできた?」
「はぁ!?」

正直驚いた。こいつが本当に「好きな人」なんていう言葉を口にしたことに。何でお前が恋愛なんかに興味持つんだよ。おかしいだろいまさら。そんなことなら初めからそれを気にしてくれてたら…………俺だってきっと、躊躇うことなく気持ちを口にできたんだ。

責任転移と言われても、仕方がない。
興味で止まるならよかった。でも留宇衣には多分「好きな人」がいる。
それは今日までに感じた違和感と、留宇衣から見えるようになった女という意識が、ジュリエットとシンデレラで表した恋愛の形が、示している気がした。

「……できたの?」

そう、寂しそうに言う留宇衣に目を見張る。
何でだよ。お前にだっていんだろ。俺は、俺の好きな奴は、お前だけど。お前には、留宇衣には、他に好きな奴いんだろ。違うのかよ。だったら何でそんな、

女らしくなってんだよ。

こんなに睫長かったっけ? そんな寂しそうな顔できたっけ? 留宇衣からシャンプーの匂いがするなんて、いつからだった?
こんなに小さかったんだ。こんなに綺麗な目してたんだ。そういえば髪伸びたな。

知らない、知らない知らない知らない。

一番近くにいると思っていたのに、一番近くで見ていると思っていたのに、知らないことが多すぎて、その分新しく知ることが多くて、

頭の中が真っ白になる。

そして、その真っ白な頭の中に、一番最初に浮かぶのは

「留宇衣」

そう、目の前にいる、留宇衣だから。

「何?」
「好きだ」

隠せないと思った。
留宇衣が俺のことを知らないぶん、俺は留宇衣のことを知らなくて、留宇衣が俺のことを知っているぶん、俺は留宇衣のことを知っているから。
きっといつか気付かれる。なら、今自分で言ってしまおうと、そう思った。

驚く留宇衣の目に映るのは俺だ。
今だけは、留宇衣の視界に入っていられるから。

「赤也、」
「んだよ」
「……もしかして、ずっとそんなことで悩んでたの?」

「そんなこと」って何だ。そりゃ、お前からしたら俺の気持ちなんてのはそんなことかもしれないけど、俺結構必死だったぞ今。

「ずっと? 目の前に私本人がいるのに? 私も……赤也が好きなのに?」
「…………は?」

おかしいだろ。対象外って言ったのはどこのどいつだよ。お前だろ。何だお前。どうなってんだよ。恋愛に興味持ったら対象外の奴好きになるのか。わけわかんねー。昔から…………そう、昔から。

「…………馬鹿みてぇ」
「何をいまさら」

「赤也は馬鹿でしょ?」と笑う留宇衣の笑顔は、俺の知っている、俺が好きになった、シンデレラよりもずっと綺麗な笑顔だった。

シンデレラは大人しく王子の登場を待つものだよ

(待つも迎えるもなかったようだ)
  • 2010/05/30
  • 立海!夢の海原祭
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