二年前、中学に入学したその年に私は故郷を離れた。
それは親の転勤というよくある理由なのだけど、慣れない東京での暮らしは自分にとってかなりの苦痛で、故郷に……六角に帰りたいと思ったのは一度や二度ではない。
一年目はそれが顕著で、たまに届く幼馴染の手紙を見てはホームシックになるような情けない姿を家族や東京の友人にさらしたのだ。本当に情けない。
彼の電話を取れば「帰りたい」と弱音を吐いてしまいそうで、二年間手紙とメールだけのやり取りをした今でもその声を覚えているのだから不思議だ。
「帰りたい」だとか「会いたい」だとか、そんなことを言えばきっと休みを見つけてこっちにきてくれるのだろう。それが予想できるから言えない。
噂でしか聞いていないけれど、あの人は六角中のテニス部レギュラーで、全国大会にまで出場するらしい。そんなときに迷惑をかけるなんてことはしたくない。そう思って今まで我慢してきたのに、まさか今になって六角に戻るなんて言われると思わなかった。
「……亮?」
「ん……? あれ?」
「だけど……」
家の近くの海に行ったとき、見かけた姿に懐かしさがこみ上げた。
そういえばメールはしてても写真なんて送ってないから顔わからないのかもな、といまさら思う。
「え、?」
「? うわー美人になったね」
幼馴染の後ろから出てくる佐伯達に、うわ懐かしい面々、と笑うと彼等もそうだね、と笑ってくれる。東京とは違うなあやっぱり、と思うのは間違ってないと思う。
「何、旅行?」
「ううん。今日からまた戻ってくることになったんだよ」
「その人誰ですか?」
坊主頭の少年も、よく見れば赤いユニフォームを着ている。彼もレギュラーなんだろうか。
初めて見る顔に少しビクついていると、佐伯が口を挟んでくれた。
「ああ、こいつは葵剣太郎。一年生部長だよ」
「あ、一年生なんだ。私っていいます」
「葵剣太郎です!! よろしくお願いします!!」
葵くんと握手を交わし、さっきから黙っている亮を見やる。
「どうしたの?」
「教えてくれればよかったのに」
「え、あ……ごめんね。テニスで忙しいんじゃないかと……」
「そういえば、最近メールするのも俺からだったよな」
「そういえばそうだったっけ……」
それを聞いた亮ははあ、とため息をついた。
無自覚か、と呟かれた言葉に疑問しか浮かばない私はどうしたらいいんだろう。
疑問符を浮かべて「どうしたの?」ともう一度目だけで質問する。
二年も離れていればもうわからないかもしれないが、二年前には結構目を見るだけでわかってくれていた彼だ。もしかしたら、と淡い期待をするのも無理はないんじゃないだろうか。
「……佐伯、俺ちょっと抜けるよ」
「いこう」と急に私の手を引いて歩き出した。
後ろでは佐伯がニコニコと爽やかな笑顔を浮かべて手を振っている。
私は困惑する以外に何かできたのだろうか。
「電話しなかったのも、テニスと関係ある?」
「え、……んー、それはあまりないかな」
「あまり?」
たどり着いた先は亮の家の前だった。
そこで聞かれた言葉に答えを返すと、怪訝そうな目でこっちを見る。
「情けないことに、東京って未だにちょっと怖くて……」
「電話したら帰りたくなりそうだった?」
「うん……」
「手紙だけでホームシックになったんだよ」と言うと、プッと笑われてから頭を撫でられた。
「は意外と人見知りだから」
「……いきなり十何年も住んでた土地離れたら誰でも不安にもなるよ」
「は六角でもそんなに変わらなかっただろ」
確かにそうかもしれないな、と思うあたり、幼馴染という存在の説得力というのは凄いものだ。
「は運がいいよね」
「ん?」
「今淳がこっちきてるんだよ」
「あ、そうなの? 本当に運いいね」
自然と笑みが漏れるのは、きっと昔も今も彼が優しいからなんじゃないかと、そう思った。
「まあ、まだ会わせないけどね」
「え?」
今日は疑問ばかりだと思うけれど、それでも「どうして?」と聞きたくなるような、そんな言葉だったと思う。意味深というかなんというか、勘のよくない私からしたら是非とも普通に説明していただきたいものだ。
「覚えてない?」
「え?」
「…………はぁ……」
亮は深めのため息をついて、それからボソッと「天然もここまで来るとなぁ……」と呟いた。
何天然って。もしかして私のこと?
「が東京いくとき、待ってるって言ったのに」
「どうせ六角に帰ってくるつもりだっただろ?」と本当に的を射たように私の考えを先読みしてくれる彼がいるのが、なんだかとても幸せだった。
「え、あぁ、うん。覚えてるよ」
「帰ってきたんだよな?」
「うん」
亮は何かを考えるように少し目をそらして、また私と視線を合わせる。
「帰ってきたら言おうと思ってたことがあるんだけど」
「うん。聞くよ」
「俺、が好きだよ」
「……へ?」
「正攻法でもわからないのか?」と赤くなっている顔を見ればそんなのすぐにわかるくせに、意地悪だなこの幼馴染は、と心の中で愚痴が漏れる。
「だっていきなり……」
「聞くって言ったのはだろ」
「だって……!!」
告白だなんて思わないでしょ普通!!
「返事は?」
ああ、やっぱりこの幼馴染は意地悪だ。絶対返事なんてわかってて聞いてるんだから。その顔見ればわかるよ。絶対面白がってるでしょ。
悔しいなぁ、と思う。
いつまでも先読みされて、何でもばれてるのが、とても悔しいと思う。
奇襲でも何でも、一度は勝ってみたいと思うのは、わがままじゃないと思いたくて。
「してやったり」
「……びっくりするだろいきなり」
唐突に意地悪な幼馴染に口付ければ、唇が当たった頬を押さえて目を見開く彼がいる。
「さっき驚かされたお返し」
ああそういえば、大切な言葉をまだ言ってなかったなあ、といまさらながらに思い出して、自分でやっておきながら赤面しているだろうその顔を彼に向ける。
「ただいま、亮」
お帰りの言葉が聞こえたときに、私はきっと幸せになる。
とても意地悪な幼馴染へ
- 2010/04/05
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