「白石、また告白されてたで」
「知ってる」
「断ったらしいけど。不安になって落ち込むんやったら、あんたも告ったらええのに」
「無理」
「悪友やからとかそんなん気にすんなって。私から見ても周りから見ても、あんたは白石の〝特別〟やろ」
「……〝親友〟やからな」
「あのなあ……」

巴は呆れたようにため息をついて窓際によってきた。

夕方の空。二月になり、徐々に昼が長くなったけど、まだ暗くなるのは早い。
このところ白石が頻繁に呼び出されているのは、素行が悪いからでもなければ、エクスタシーについて教師に注意をされているわけでもなかった。女子生徒の勢いというのは怖いもので、バレンタインまで待てばいいものを一足先にと告白する子が結構大勢いる。「バレンタインデートしたいねん」。そうクラスメイトが恥ずかしそうに頬を染めて言っていたのを思い出した。

「グダグダ言うても何も変わらんのなんか、あんたが一番知っとるやろ」
「失敗したら今の距離が変わるんもようわかってるわ」

私が一歩踏み出せないのは今の距離感のせいもあるのか。

一年のときテニス部のマネージャーになった巴を通して知り合って、初めから随分馬が合う相手だった。巴が謙也と付き合う切欠を一緒に作ったり、もたもたしたお互いの親友をどうにかしてくっつけようとあくせくしたのも二人で。巴と謙也が上手くいって心配事がなくなったころ、二年になって同じクラスになった。そこからだったはずだ。私が彼を特別に――そう、特別に想い始めたのは。

最初、近くにいられるだけで、と思って近づけた親友の距離。それが今、酷く邪魔臭かった。もし全然近くなかったら。こちらから見ているだけだったら、私はさっさと告白でもなんでもして玉砕することだってできたはずなのだ。だけど、邪魔臭いこの距離感も、失うには惜しいと思ってしまえるくらい大切なわけで。
はあ、と深いため息をつく。「ため息つきたいんはこっちや」と巴から声が飛ぶ。だけど憂鬱な気分は変えられない。

「ウチは結構上手くいくと思うけどな?」
「無理や」
「なんでやねん」
「私じゃあかんわ」
「だからなんで」
「今日あいつ、今年のミス四天ふったんやで」

巴がうわあ、と言いながら若干引き気味の顔をした。「なびけへんやつやなあ……」。その言葉に彼女へ視線を向ける。
実際私は、何だかんだでいい加減な付き合いをしない白石にふられた女子をたくさん見ていた。可愛い子、スタイルのいい子、優しい子、運動神経のいい子、頭のいい子。まず私が敵うわけがないような子はたくさんいて、皆ふられているというのに私が入り込むことなんてできるはずがない。さっき学年のミスがふられたとき、私は自分の恋愛成就を三分の二くらい諦めた。

、あんた、あんだけ白石の近くにおって気づかんの?」
「何に」
「あんだけ良物件そろっててふってるのなんか、理由一つしかないやろ」
「何なん?」
「白石、好きな人おるやろ」

「本気で気づいてなかったん?」と巴が心底驚いた顔で私を見る。マジか。じゃあ余計に望み薄やな、と三分の二だった諦めが四分の三になった。


「白石理想高すぎやろ」
「何やねん急に」

の話が急に飛ぶのは別に珍しいことじゃなかったが、俺はその言葉を怪訝に思い、眉を顰めた。俺はの前の席に座ってパンにかじりついている。の方はといえば、りんご百%のジュースにストローをブスッとさしているところだった。

「あの子ふったやろ」
「あの子?」
「ミス四天」
「ああ……」

それでか。
例のミスが「白石君、ちょっとええかな」と自信に溢れた完璧な笑顔で俺を呼び出しにきたとき、はその場にいたわけで、今日になっても昼休みにと食事をとり、昨日のことについて話を切り出さないことでふったということに思い至るのは普通だ。

「どんだけ理想高いねん」
「いや、別に高くないし」
「あんたの好きな子が見てみたいわ……大阪一の美女とか?」
「いやいや……え」
「なんなん」

俺に好きな女子がおるの気づいてんのか!? と思ったが、そういえばこいつのそばには篠崎がいるのだと思い至った。またなんか吹き込まれたな。間違いじゃないけど。むしろグッジョブやけど。だけどそこから〝好きな子が誰か〟という答えにたどり着かないの鈍さに頭を抱えそうになる。
「あんたの好きな子が見てみたい」? じゃあお前今すぐ鏡見ろ!!

「……なんでもないわ」

「鈍い鈍い言うんやったら正面切って直接言えばええやん」。謙也にそう言われたときはその方法も一度考えたものの、はたしてそう一筋縄でいくだろうか? 確かに鈍いのだから遠まわしな方法では絶対に無理だ。だが何よりも「直接言えばええやん」の後に「そしたら無駄もないし」などと付け足した謙也の意見をそのまま取り入れる気にならないのは最早意地に近い。
そんな適当みたいな、言っただけみたいな、そういうことにはしたくない。ちゃんと真剣にに聞いてほしいとは思うのだが、今目の前でりんごジュースを生気のない目(これはいつもだ)で飲んでいる彼女に、どこまで俺の話している内容が伝わっているのかすらわからないのだから踏み切れないのは仕方がないと思う。
どうしたら三年越しの恋心は彼女に伝わるのだろうか、とずっと考えているわけで。

一目惚れだった。
何に惹かれたのかは、正直俺にもわからない。随分失礼な話だとは思うが。
顔なら言わずもかな、昨日のミスの方が映える。スタイルも運動神経も勉強も、の上を行く女子はたくさんいた。性格だって、もっと付き合いやすい、告白だってちゃんと真正面から伝えれば信じてくれる子はいくらでもいるわけで。

だけど俺はがいいわけで。

はあーっとびっくりするくらい深いため息に、彼女の無表情が俺の方を向いた。
化粧の気のない顔。肌は白くて綺麗だと思う。ほどほどに長い睫に縁どられた目は決して目つきがいいわけではなく、時々見ているだけで睨んでいると思われる、と彼女自身が零していたのを覚えている。だがその目の鋭さも長い間ずっといれば慣れてくるものだし、よく見ていれば今どんな気分なのかよく表れる目だった。
乾燥して裂けるのが痛いのだと毎年のように言っている唇は、やはり今年も薬用リップ常用で。ストローで吸い上げたりんごジュースをチビチビとやっている。

(キス、したい)

小春曰くの顔のパーツの中で、一番魅力的なのは唇だそうだ。なんとなくわからなくもないのが逆にに申し訳がない。

(何を考えてんねん……――)

合わせる顔ないわーと目の前にがいる状態で思ってもな、とは思うのだけれど。せめて、と顔を廊下側に向け、いまいち締りのない表情を隠そうと口元に手をやる。
そのとき、ちょうどうちのクラスに用があったらしく、いままさに入ってこようとしていた謙也と目があって、一瞬の間をおいてから口パクで「キショイ」と言われた。酷い。

、白石に何か言った?」
「何も」
「……よけいキショイな」

「聞かんかったらよかった」と引き気味の視線が突き刺さる。言いたい放題言いよって!! 軽く睨むと「いや今日ばかりは本気やで」と真顔で返された。

「それはそうと、数学の教科書持ってへん?」
「数学? すまんな、持ってへんわ。今日授業ないし」
「うわーまじか。次数学やねんけど忘れてきてん。どないしょ」
「私持ってるよ」

カバンをごそごそやって数学の教科書を取り出す。それを謙也に差し出すと、謙也は「助かるわー。ありがとうな」と彼女の頭をなでた。あ、こら、と視線を向けるが、それすら鬱陶しそうに払うような仕草をされる。お前今日容赦ないぞ。

「にしても何で持ってるん」
「今日補習やねん」
「え、成績そんなやばいん?」
「……この間学校ずる休みしたんオサムちゃんにバレてたんや。相談乗ったるからこいやって一方的に約束取り付けられて……カモフラに教科書適当に持ってこいって言われたから目についたもんつっこんできた」

ムスッとした顔でが言う。ジュージューとジュースがなくなった後の音がなって、彼女は丁寧にパックを潰しだした。

「ずる休み? お前が? いつ?」
「先週の水曜」
「おまっ! 熱40度超えとか聞いてたんやけど! めっちゃ心配したっちゅーねん!!」
「私は教師にはそうやって誤魔化しといてって巴に言うただけや」

私は知らんというかのようにそっぽを向いたは、放課後の補習というカウンセリングが心底面倒くさいらしい。


、白石のこと好きやろ」
「だから何」

目の前にいるオサムちゃんと無表情で視線を合わせながらさらっと答えた。オサムちゃんは時々鋭い。サボってたのがバレたのはカマをかけられて私が驚いてしまったからだけど、多分白石に対する気持ちに気づいたのには何かしら理由があるだろう。それは確実に私の落ち度だ。

「なんや、否定せんのか」
「別に隠してへん。告白せんだけや」
「したらええやないか」
「嫌や」
「どうせサボったんもその辺が理由やろ? 青春やなー」

確かにそうだけど。
少し恥ずかしくなって眉間にしわを寄せ、視線をずらす。
あの日は急に思いつめてしまったからサボってでも考えようと思い至って、それを本当に実行しただけだ。もうすぐで卒業なのに白石に伝えず終わっていいのか? 中学最後のバレンタインも間近にせまっているのにそれで本当にいいのかと。最後に告白したっていいと思う自分と、卒業しても友達付き合いはしたいと思う自分がいて、ぐるぐると頭の中を巡っていた。

「まあ、そういうことや」
「何が」
は三年間妙に手間かからん生徒やと思っとったけどなあ。最後の最後で可愛いことやらかしてくれたしな」
「だから何が、」
「篠崎のことで謙也が練習に身入らんかったときもなんやかんやで助けられたしな」
「わけわからんて」
「まあぶつかってきいや」

ニカッと笑ってオサムちゃんが私の頭をかき混ぜる。ボサボサになるのもそんなに気にはしないけど絡まったら痛いと素直に言うと、今度は優しく梳かすように撫でられた。目の優しさがなんだか不気味だ。何をたくらんでるのか考えるも、何が何かわからなかった。

その声の主が入ってくるまでは。

「何やオサムちゃん。部活やねんけど」

ギョッと目が開いたのに気づいたオサムちゃんがまた笑ってみせる。いつもの明るい笑みとは違う、なんとなく大人っぽい、そんな顔。私越しに白石を見て、そちらにはニヤリと。

「オサムちゃん何触りまくっとんねん。何か目と手エロいで」
「何や白石ジェラシーか?」
「そんなわけないやろ。オサムちゃん、私帰っていい?」
「何でそこでが当然のように答えんねん。あと帰ったらあかんで」

立ち上がりかけた私の手首を掴み、座らせて、真剣な目を向ける。
逃げるな、と言われているような気がした。

オサムちゃんの顔がテーブル越しに近づいてくる。耳元でそっと囁かれた言葉に驚き彼を見ると、「頑張りや」なんて無責任な言葉を残して立ち上がる。

『言うことも聞くこともしてへんくせにビビってたらあかんで』

それはそうだと思うけど。私も情けないとは思ったけど。だけどどうしようもないじゃないか。こんな無愛想で可愛げのない、顔も成績も運動神経も普通な私にどんな望みがあるっていうの。

オサムちゃんに引っ張られるままに私の向かいに座らされた白石は、いまいち状況が飲み込めていない顔で私とオサムちゃんを交互に見る。その様子に緊張が少しほぐれた。

(間抜け面……)

何か、応接室で向かい合って、まるでお見合いみたいだけど。
オサムちゃんは本当に出て行ってしまって、私から口を開くこともなく、未だわけがわかっていない白石から声がかかるはずもなく。どうしろっていうんだ。私はむしろ、白石と二人きりっていうこのシチュエーションにもうすぐで満足してしまいそうだ。
でも突き刺さるのは、オサムちゃんの言葉で。
大人って怖いし、ずるい。こんな、部活の喧騒からも下校中の生徒からも隔離された、ある意味完璧な告白スポットにこんな万全のセッティングをされて、私はもう逃げられないじゃないか。ここで「帰ろうか」なんて言ったらそれこそおかしな話だ。
チラリと時計を見てみるとまだ一分も経っていなかった。嘘。時間超遅い。てんぱった頭で何を思ったところで意味があるのかはわからないが、白石はこれから部活なのだからどうにかしないと。無駄な時間を取らせるわけには、とこんなときに律儀な思考回路だ。私は今ですら逃げ道を探している。

「なあ
「何」
「俺、オサムちゃんに大事な話あるって呼び出されてんけど、何でオサムちゃん出てったん」

そんなアホな嘘ついてまで呼び出したんか。あの人ほんまにアホちゃうか。頭の中で罵詈雑言をはき、ため息と一緒に深呼吸をする。これはもう、腹をくくるしかなさそうだ。

「……あの人ほんま悪趣味や」
「オサムちゃんか?」
「私に告白させたかったんやって。何の罰ゲームやねん」
「え」
「ありえへん。言うつもりなんかなかったのに」


目の前で起きた出来事にまた頭がついていかなくなった。はチラリと俺を見て、浅いため息を吐き立ち上がる。カバンを肩に提げ、「じゃあまた月曜」と言い残して出て行こうとする。
え、マジで? 答えとか聞かんと帰るん? というかお前今の告白? ほんまに俺のこと好きなん? つかこのまま帰られたら、俺の家なんか知らんし土日ぐるぐる考えなあかんようになるやんか!
怒涛のように思考が流れ出した。あかん。これはあかん。凄い淡白さだったが、意味はちゃんと通じていたし、の表情はどことなく戸惑った感じだ。応接室の扉を開けようとしていたの手を掴み、くるんとターンさせてこっちを向かせた。いきなりの出来事に今度はの頭がついてこない。

「俺も好きなんやけど、何で聞かんの」
「嘘や」
「え」
「ありえん」
「なんでやねん!」

信じていいのかわからないような目。だけど信じる方向へ傾いては、きている。眉間によったしわが、今この状況で困惑したからできたものであると思うと可愛くて仕方が無かった。

も俺のこと好きなんやろ?」

苦笑ににた表情を浮かべれば、は普段の彼女ならあり得ないような表情をして――顔を真っ赤に染めて、「うっさいねんアホ」と毒づいた。
「キス、していい?」。返事を聞く前にその唇を堂々と塞いで、驚いた彼女から繰り出されたパンチをもろに鳩尾に食らいながら、それでも俺は幸せを噛みしめた。

好きなのに、どうして傷つけてしまうのか

「あかん、泣きそう」「そんな喜んでもらえて嬉しいわ」
  • 2012/03/27
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