ずっと好きな人がいる。
恥ずかしいからそんなに話したこともないし、何より彼は人気があるから私なんて眼中ないだろう。
でも私は覚えてる。色褪せることのない思いでも感情も、ずっとずっと、私の中に生き続けている。
それは時に悲しくなるほどに。
赤い頭。
目立つ彼。三年間もずっと同じクラスなのに話したことはたった一度と言っていいほど少ない。
係で提出物を集めるときに「はい」とか、朝たまたま会って「おはよう」とか、その程度の言葉しか交わさないから。そんなのは話したことにはならないと思う。
初めて話したのは転向してきたその日だった。
初めての学校に戸惑って、しかもその学校が氷帝だったから道に迷って、たまたま彼に見つかって、そして彼に恋をした。漫画みたいだって言われても、私はそんな些細なことで人を好きになてしまった。
不安だったとき、急に現れた赤い色。大きな瞳をこれでもかってくらい見開いて、不安な顔の私を不思議そうに見て、声をかけてくれたその人。
『どうかしたのか?』
と、そう問われた声に心臓が大きく脈打って、これが恋なんだな、って思った。
「、どうかしたのか?」
「え? ううん。何でもないよ」
委員会が同じの篠崎くん。結構話す仲ではあるけど、そんなに仲が良いわけじゃない。
悪いけど、正直彼を気にかけたりするほど余力があるわけじゃないから。
国語係、保健委員の私。三年間保健委員を続けて、保健室の先生とも仲良くなって、それでも彼とは仲良くなれない。
向日くんとは、仲良くなれない。
保健室で会うことも滅多にない。会ったとしても、仕事を蔑ろにするわけにはいかないから私語は慎むことにしてるし、あまり変わらないのかもしれない。
「篠崎くん、部活いっていいよ。私一人で大丈夫だから」
「あ、そうか? ありがとな、」
爽やかだなぁ、と思いながら、ばいばいとニコやかに手を振ってくれる彼に手を振り返した。
こんなふうに、いつか彼とも手を振り合えたらいい。
きっと叶わないとは思うけれど、そう思ってしまうのも仕方がないことだと思う。仮にも女の子であれば、誰だってそういうことは考えると思うのだ。
「……あれ?」
保健室から見えるテニスコートに、赤い色がない。
いつもなら真っ先に見つけて、一瞬見たら目を逸らすのに。コートを見れば必ず見つけられるほど目だった色をしている彼を見逃すはずがないのに。
そう、テニスコートに顔ごと視線を向けた。いつもなら横目に盗み見るくらいなのに。
そして一瞬彼を見て、ずっとずっと応援してるの。
見ていたからこそわかること。向日くんは、もっともっと強くなりたいんだって知ってるから。
「、あいつと仲良いのか?」
ふ、と声がした。
ずっと、そばで聞きたいと願っていた声がした。
まさかそんな馬鹿なと、彼が私の名前なんて呼ぶはずないと、そう諦めて、それでももしかしたらと、微かな希望を持って扉の方を振り返る。
「向日、くん?」
ああ、しまった。変なところで途切れちゃったよ。
だっていないって思いながら振り返ったんだから。いたらいいなって思いながら振り返ったんだから。
「誰か探してた?」
「え!? あ、ううん。何でもないよ。どうしたの? 怪我?」
「してないけど」
「あ、そうなんだ。よ、」
……しまった。今度こそしまった。
『よかった』
と、そう言ってしまいかけて、慌てて〝よ〟で止めた。これ以上言ったら心配していることもバレてしまう。
今までそんなに話したことないのに心配するなんて、心優しいという誤解か、それとも好きだと気付かれるか、その二択しかないと思うんだ。
できることなら前者であってほしい。心優しくはないけど、好きだとバレて今まで以上に話せなくなったら私はどうしたらいいんだ。
「よ?」
「何でもないよ。どうしたの?」
二回目の質問。
怪我がないのなら、なぜ保健室なんかにきたんだろう。
言いづらそうにする向日くんに、もしかするとと予想をつけて笑ってみせる。
本当は笑うのも言葉を紡ぐのも辛いほど、恥ずかしい。
「部活の誰かが怪我したの? それなら……っ!!」
『ちょっと待ってね。救急箱持ってくるから』
言葉の途中に感じた確かな熱。救急箱を取ろうと、彼に背を向けたその直後。
誰かの体温が私の背中に当たって、腹部にその腕が巻きついて。何だろうこの状態。何でこんなことに?
女の子とは違う、腕の感触。
「む、向日くん………? どうしたの……?」
「、篠崎と仲良いのか?」
ああ、そういえばそんな質問もされてたな、と記憶を少しバックさせて思い出す。
その問いで彼の存在に気付いたから、焦りすぎて答えることができなかったんだった。
「悪くは、ないけど」
「……なあ、俺のこと避けてる? 嫌い?」
「…………え?」
避けてるかと聞かれれば避けていただろう。恥ずかしくて仕方がなくて、友人からも早く告ってしまえと何度も言われたけどできなくて、ずっと避けてた。
だからって、「はい避けてました」とは言えないし、間違っても嫌いだなんて言えない。
「あの、」
「はぐらかさないでくれよ。本当のこと言って」
「…………避けて、ました」
私に抱きつく腕が離れる。
まずったか。このまま話せなくなるパターンじゃない? これ。
「わかった。ごめんな」
寂しそうな笑顔。
そんな顔見たくないよ。笑っていてよ。そしたら、
……―――私も笑顔になれるから。
『名前何て言うんだ?』
『です。案内してくれてありがとうございます』
ペコリと頭を下げると、いいっていいってと笑ってくれた彼の笑顔が好きだった。
その笑顔に恋をしていた。
笑った顔に元気付けられて、自然と頑張れて、思って…………
遠くなっていく背中に寂しさがこみ上げる。見慣れたその背中が離れていくのが、悲しくて、涙が出た。
どうして? 今までだって見送ってきたそれなのに。
「向日くん!!」
こんなに大きな声を出したのはいつぶりだろう。
こんなに必死になったのはいつぶりだろう。
何でも諦めてかかっていた私が、こんなにも、向日くんを留められたらと思ったのは、きっと相手が彼だから。
はじかれたように立ち止まって、大きな目を見開いて、その瞳に私の姿を映して。
ねえ、君は私を嫌ってない?
「私、向日くんが好きなのっ!!」
好きなの。
一年のときの、あの日から。ずっとずっと君だけを見てたの。
恥ずかしくて話せないくらい。恥ずかしくて目を合わせられないくらい。笑顔を見ただけで幸せになれるくらい。
「っ……!!」
「今のマジ?」
さっきとは違う。
今度は真正面から、優しく抱きしめてくれる向日くんがいる。嬉しそうな、期待に満ちた顔をして笑う彼がいる。
「本当、だよ」
ずっと窓のこっち側から応援していた。
彼の笑顔が消えないように。彼の幸せが消えないように。
ずっと応援していた。
話せないならせめてと、そう思いながら、ずっとずっと見ていた。
「俺も好きだ。初めて会ったときから」
ずっとずっと、これからもずっと、君だけを見ていると。
「ずっと応援してたよ」
「マジかよ……」
恥ずかしいな、とはにかむように笑った彼の全てが大好きです。
応援してます、いつまでも
- 2012/03/19
- Empire of ice
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