夏。

半袖になってかなりの日にちが経ったけど、夏とはいえど朝方は結構寒いものだなぁ、と今更ながらに思う今日この頃。
とても爽やかとは言えない朝。天気は曇り。中途半端だからいっそのこと雨でも降ればいい。

今日は私にとってあまり嬉しくない日である。

夏休みの補習に直球ストライクな担任の言葉で呼ばれた私は、こうして夏休みの初めから登校しなければならない。休みの日ならこの時間はまだ寝てるのに……などとぶつぶつ言っていると、少々早い時間だからと暇つぶしにふらふらしていたためにいつの間にかテニスコートのそばまできていた。
ポーン、ポーンとボールの音がする。

…………やっぱ雨降れ。

見たくない、というかなるべく会いたくないというか、そんな赤い頭を見つけて本気でそう思ってしまった。

同じクラス、隣の席、ちなみに出席番号順の席順でも横。その上男女別の身長順に並んでみればあら不思議、真横に「またお前かよ」の顔。見飽きたそれは三年間同じクラスだった私へのあてつけなのか、三年目の今年はやけに左右前後にそいつの顔が見える。

「何の陰謀だよ……ったくもう……」

正直言ってあいつと関わって私にとっていいことがあったことなんて右手一本使って数えるほどしかないのだ。まあいろいろ近いから話はしょっちゅうするけども、私から話しかけることはあまりないように思う。

とりあえず関わりたくないのだ。

「丸井くんに近寄らないでよ!!」は日常茶飯事。この前なんかわざわざ新聞の文字を切り取って紙に貼ったお手製の何の捻りもないその言葉が靴箱に入っていた。今の時代パソコンでも何でもあるだろうに、何でわざわざ新聞だ。漫画の読みすぎじゃないのか。
さっきから言っているようにあまり関わりたくないのだ。その相手に自ら近寄っていく馬鹿はいないだろう。むしろ避けるだろう。
実際そうだ。休み時間になれば隣の席の丸井氏から逃げるように別のクラスの友人のところへ遊びに行ったりするのなんか当たり前。

「おーい危ないぞ、って!?」
「え?」

苗字を呼んだそれは今まで嬉しくない思考をめぐらせていたあまり関わりたくない赤色の君で。

「え? じゃない避けろ!!」

私の頭上に迫ってきていたのは黄色い丸いもの……テニスボールだった。

「いだっ」
「だから避けろっていったろぃ……」
「言うの遅いから悪いんでしょ!」
なら寸前に言ったって気付いて避けるだろ」
「何ですかそれ。私超人? 別に運動神経なんてよくないから。標準だから。むしろ丸井なら瞬間移動でも何でもして今の取れたんでないの」
「はあ? そんなことできるわけないだろぃ」

できそうなのは幸村あたりかな、とちょっと思った。悪寒が走ったのでやめておく。

「……はい」

ちょうどさっき頭に思いっきり直撃してくれた黄色いボールを丸井に渡す、と見せかけて後ろからきていた桑原に投げた。

「何でだよ!」
「いや、なんかイラッてしたから」
「何それ」

自分でもわからないこと聞かれても……と言えば目の前のそいつは変な目で私の顔をまじまじ見つめた。

「……ってS?」
「何でそうなる」

突拍子もない言葉にチョップをかましてやる。ざまあみろ。調子にのってるからだ。女子という生物すべてがお前と話すことを喜ぶわけじゃないんだからな。

「そういえばなんでここにいんの? 帰宅部じゃなかったっけ?」
「補習」
「……補習? ってが!?」
「何?」
「いや、だって」

お前二年のときやたら成績よかったじゃん、と心底驚いたような顔をされる。それを見て再度イラッとした私はジト目で丸井の顔を睨んだ。

「私だって補習受けるこあるってことでしょ。天才でもやることやってなきゃ落ちこぼれるの。私天才じゃないけど」
「教科何?」
「……国語」
「得意科目じゃん」
「丸井のね」
もだろぃ?」

そうだ。得意科目だった。
正直なところ授業さえ聞いていればテストの点は取れる科目だったはずだったのだ。もともと国語という科目に関しては勉強なんてしないに等しくて、それをいつものようにやっていたからツケがきた。

忘れてたんだ。授業を聞いてなかったことを。

関わりたくないとはいえ話しかけられれば応答はするし、なんだかんだ言って話は合うし、まあつまりそんなとこ。
国語が得意な丸井が国語の時間に話しかけてきて、それに返事をしていたら話を聞いていなかった、と。別に丸井のせいにするつもりなんてない。だって聞いてなかった私が悪かったんだから。

「もしかして、俺のせい?」

ほらきた。
だから補習にきている間は絶対にバレたくなかったのに。案外勘がいいんだこいつ。

「違うから。練習もどりなよ」

そろそろ補習だし私いくね、となんとなく私がいなくならなきゃ練習にもどらないような気がして、そんなの自惚れだってわかってはいるんだけど、私は補習を理由に丸井の横を通り過ぎた。

!!」

大きな声で名前を呼ばれて振り返る。
「何?」と目で問えば丸井は少しためて、決心したようにまた大きな声で言った。

「明日の昼から、うちこいよ!」
「……何で?」
「国語、教えてやるから」

確かに丸井の家は知っているし、いったこともあるけど、まさか夏休みまで呼ばれるとは思わなかった。

「絶対! 約束だからな!!」

一方的に押し付けてテニスコートの方へ走っていく丸井を呆然と見つめた。
あんな馬鹿な言葉に一瞬心が揺れただなんて我ながら不覚すぎる。

……勉強。勉強だもんね。

そう自分を納得させてケータイを開く。

転がる黄色いボールを拾った時、

(『明日はよろしく』だけでいいかな)
  • 2012/12/27
  • 立海!夢の海原祭
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