『恋愛ってどんなものだと思いますか?』

と、そう聞けば彼女は一瞬驚いたように目を見開いて、その後恥ずかしそうに頬を染め、僕の好きなはにかむような笑顔を浮かべて口を開いた。

『幸せなものだと思うの』


アレンが教団に来て結構な時が経った。
イノセンスに関しては私の方がずっとずっと先輩だし、教団にいる年月だってお姉さんのはずなのに、一つ年下の彼が私よりもずっとずっと大人に見えるのが面白くなくて、後ろから抱き付いては頭を撫でて去るような、そんな子ども扱いをずっと続けている。

朝、廊下で食堂に向かう彼を見つけて駆け出して、思いっきり後ろから飛びつく。

「うわっ!!」
「アレン、おはよー」
ですか。おはようございます」

「今からご飯?」と問えば「もですか?」と質問で返ってきた。「うんそうだよ」と言うと、「だったら一緒に食べましょうよ」と誘われて微笑む。

「そーだねー。じゃあ一緒に食べよっか」
「はい」

あ、この顔好きだ。

と彼の笑顔を見て反射的に思った。
柔らかい物腰に、紳士的な態度。仲間内にも敬語を外さないその姿勢。
整った顔は、初めて会ったときよりもいくらか大人になった。

戦闘なんてさっさと私を追い越して、今となっては彼の上に立てるのは年齢だけだ。あまり嬉しくない。

そんな彼に思いを寄せる女の人はいっぱいいる。

? どうしたんですか?」
「え? ううん。何でもないよ」

強くなったからこそ、方々に飛ばされ任務に追われる。
私だって仕事はあるけれど、きっと彼のそれには及ばないだろう。そもそも私の能力は戦闘向きかと問われればうーんと唸るようなものだ。

だから、心配なんてかけたくなかった。

入団当時からアレンを弟のように思ってきた私が、『弟』を頼れるかといえば「No」。
忙しくなって危険も多くなったアレンに弱みなんて見せられない。私よりも大変なのはアレンだから、迷惑なんてかけたくない。足手まといになる『姉』なんて家事のできないお母さんよりもいらないに決まってる。いや、お母さんはいるんだけど。私大好きだしお母さん。

アレンにはいつかとっても可愛い彼女ができて私の元を離れていく。それは確信だった。
『弟』と『姉』はいつまでも一緒にはいられない。
どれだけ仲がよくたって、相手に彼女や彼氏ができればそっちを優先するに決まってる。今だって私の相手をしてくれているのはアレンに彼女がいないからで、できればその関係はきっと崩れる。

それは、確かな未来として私の中にずっとずっと埋まっているから、きっとそうなんだと思った。
人間嫌な予感だけは何故か辺に当たるものなのだ。

そう思うと、心臓がチクリと痛んだ。

不思議な感覚に疑問を覚える。
こんな気持ちは、初めてかもしれない。

「……は、恋愛ってどんなものだと思いますか?」

唐突に放たれた言葉。
それにドクンと一回心臓が大きく脈打った。ああ、心臓って本当に動いてるんだな、と再確認するには十分な大きさで脈打ったそれは、顔のほうに血を集中動員しているようにも思える。
頬が熱い。絶対顔赤いな、と思ったよりも落ち着いている自分が少し憎らしかった。
前にもこんなことを聞かれたことがあった。そのときはこんなに心臓が大きくなることはなかったように思う。

――……アレンだから。

そんなまさかと思ったけれど、考えれば考えるほどその答えから逃れられなくなる。
考えれば考えるほど、彼の目を見られなくなる。

アレンの敬語が嫌いだった。

教団の皆に使っている敬語を、私にまで使われるのが嫌だった。
ああ、私はアレンに特別視してほしかったんだ。恋人とか、そういう甘ったるいものは嫌いだと思っていたのに。
そんなものにはなり得ない存在だと、思っていたのに。

「幸せなものだと思うの」

初めはアレンのことを『弟』として見ていたの。

「でも、苦しいものでもあると思う」

でも何時の間にか、あなたを見ることが好きになった。

「それでも、好きな人の笑顔を見れば幸せになれるなんて、世界で一番幸せなことだと思うの」

あなたの笑顔が好きになって。

とっくに弟だと思っていなかったことに気付いて愕然としたものの、理解できてしまう私は何かおかしいのかもしれない。
アレンは何も思ってないだろうと思う。それでも今、私の心臓が大きな音を立てているのは目の前にいる彼のせいに他ならず、今まで知ることのなかった感情に確かに戸惑う自分もいる。

、」

気付けばアレンはさっきよりも優しい笑顔で私を見ていて。

「好きです」

その言葉に嘘はない。
純粋に、彼女を恋愛の対象として見ていた。入団当時から、まだ教団に慣れない頃から、僕と話、一緒に笑ってくれる彼女が好きだった。
ただそれに気付かれたくなくて、今まで他の人と同じように敬語を使って、がそんな対象として僕を見ているはずがないと決め付けて。
の答えを聞いたとき、もしかしたら可能性はあるんじゃないだろうかと思って、ただその反面他の人を好きなんじゃないかという嫌な考えも渦巻いて、それは一種の賭けだった。
いかさまのできない恋という、賭けだった。

恋の味を教えよう

(君と僕なら甘い味)
  • 2010/02/09
  • 確かに恋だった
  • 0
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