私の一日は憂鬱から始まる。


「ちょっと、何してんの」
「見てわかりませんか」

はお馬鹿さんですねえ、と少々呆れたような物言いにムカつくが、私はそれに溜息でしか応えなかった。なぜならば、一々本気で怒っていたらきりがないからである。

私の頭をどうにかして自分と同じ南国フルーツ風にできないかと、人の髪を高い位置でポニーテールを作るように握っている骸は至極真面目な表情だ。その真面目さで私の言葉を聞いて貰いたいものである。
一度カットされそうになって私が本気で反抗してから、彼はハサミを持ち出さなくなった。それだけはえらいと褒めたことがあるが、調子に乗って鬱陶しいことこのうえなかったのでもう褒めないことにしている。

そもそも「何してんの」というのは「このクソ忙しい朝方に私にくっついて何してんの」ということであって、今、彼が、何をしているのか、なんてことは至極どうでもいい話だ。
低血圧なのか、いつも朝はこんな調子で甘えているのか何なのかよくわからない行動を取る。「かわいい」なんて思ってやれるほど私は彼に惚れていないので、鬱陶しいなあと思うだけだ。

「邪魔なんだけど」
「お気になさらず」
「……」

邪魔だと言っているのに気にしないでくれとかわけがわからない。私は邪魔だと言っているのだ。ということは既に気になりまくっているのだ。そもそも火を扱っている時に纏わりつくなんてどうかしている。火傷なんかしたらこの男のせいである。

いい加減にしろという話だが私はまた溜息をつくにとどめた。毎朝同じ応酬をしているが、彼が行動を改める様子は欠片もない。

もういい、朝食のソーセージ、骸の分だけ焦がしてやる。そう思って他の三人の分はお皿に上げて、骸の分だけをフライパンの中に残す。弱火でじっくりパリッとなるまで焼いたソーセージはそれはもう美味しそうで、口に運べばパリッとCMみたいな音が鳴るだろう。骸の分だけは鳴らないが。

(ざまーみろ! お前は朝から黒焦げのソーセージを食べなきゃならないんだ!)

我ながら改心の出来だと言えるオムレツの横に、黒こげているものの食べれなくもない程度に焼かれたソーセージを乗せる。これで朝食は完成だ。

骸は未だに私の頭を触り続けている。そもそも真後ろに立って付いてくるくらいなら、ちょっとは朝食の支度を手伝おうとか思わないのか。お皿やコップ、スプーンを出す等、できることを率先してやってくれる三人とは大違いだ。
亭主関白野郎、と思いかけたところで、いやいや、亭主じゃないし、と思い直す。こんな男の伴侶になるのはごめんである。

「犬、千種、クローム、出来たから手を洗ってきて」

声をかければ素直に手を洗いにいく三人。可愛い。
三人の目がなくなったところで、骸が相変わらず私の髪を掴んでいて邪魔なので、振り返ると同時に肘を鳩尾に入れてやった。うっ、とか言って一度は慣れた骸に私は小さくほくそ笑んだが、その瞬間後ろから服をガッと掴まれて歩いていた道を引き戻される。

「ちょっと、私も手洗うし五人分のお皿運ぶし、ほんといい加減邪魔なんだけど」
は朝からつれないです」
「あんたは朝からほんと鬱陶しい」

酷いと思われるかもしれないが、もうこんなこと毎日言っているのだ。

私も最初は遠慮もしたし、ドキドキした頃もある。「すみません、動きにくいので後にしてください」なんて気を遣って言っていた頃もある。でもその遠慮や優しさを剥ぎ取っていったのは、間違いなくこの男の所業なのだ。
そもそもドキドキすることだって、勘違い、自意識過剰。
顔が良い力も強い、おそらくなんだってできるようなこの男が、私なんかを口説くはずもないのである。毎日の鬱陶しさと厄介さに気づきだしたとき、それにも同時に気づいたのだ。

ここに一緒に居ることも、夢、幻。きっと一時のことなのだ。

(それなのに、まんまと一緒に居る時間が当たり前になりつつあるのも、我ながらアホだなあ……)

そもそも私と彼等は住む世界が違う。
三人は懐いてくれているし、この男も気に入ってくれてはいるようだけれど、ずっと一緒なんてきっと無い。そういう世界に彼等が住んでいることを、私は薄々気づいている。

はあ、と付きそうになったため息。その前に、骸の顔が私に迫る。

「んぐ!?」

ため息を飲み込まれるように、目を瞑る暇も、ロマンスの欠片もないキス。キス……? キスだ。頭の中はしっかりパニックで、手に持っている私と骸の分のお皿を落とさないように必死になっている。
流石にスキンシップが過剰だと思っていたし、妙に纏わりつくと思ってはいたが、ここまでされたことはない。

(セクハラだ!!!)

脳内ではそんな叫びがこだましている。
そんな私を後目にセクハラ男は私の頭をいじくりまわして、そのくせ不満顔で言う。

「今はこれで我慢します」

頭の上の方の髪を一房結んで、さも悔しそうに言う骸はよほど納得がいかないらしい。こんな中途半端に結んで、意味があるのだろうか。どうせなら全部まとめてポニーテールにしてほしかった。そう思ったが、文句を言うと今度こそ南国フルーツにされかねないので私は黙っていることにした。

彼はキッチンで手を洗い、私が持っていた以外のお皿を「三人のですね」と確認して、さらりと食卓の方へ運ぶ。骸の進む先で、三人の食事を楽しみにする声がキラキラと聞こえている。
これ以上待たせてはいけない。何しろ今は、忙しい朝なのだ。

私は赤くなっているであろう顔を思い、深呼吸をし、一歩踏み出した。

(ほんっっっとむかつく!!!)

操り人形の末路

(骸が自分の分だけ焦げたソーセージを見て文句を言うまであともう少し)
  • 2020/06/11
  • Traum Raum
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