整った容姿、大きな存在感。不遜な物言いに一々苛立ったこともあったが、それはもう随分前に諦めた。目の前にいる生徒会長様の家柄や立場を考えると、一般庶民のようにいてはならないのだと気付くのは難しくない。
集会のときですらあの態度だわミーハーな女子は煩いわ、側にいたとしたら害の方が大きいのだけれども、私は跡部景吾という人ををそれなりに尊敬していた。

「おい会計」

私のことを相変わらず役職でしか呼ばない彼に注意をすることはもうやめた。面倒くさい。彼と関わっていく上で学んだことその一。面倒くさかったらこちらが折れろ。なぜならば、彼にそれを改めさせるほうが遥かに面倒くさいからである。

「何ですか」
「清算が合ってねえ」
「見せてください」

渡された資料は確かに会計関係だった。上から順にサッと見る。私の一番の特技は速読だ。驚くほど地味である。

「ああ、本当ですね。ちょっと酷い……でもこれ私の担当じゃないです。確か二年の、」
「わかってる」
「じゃあ担当の子に回しておきますね」
「いや、お前がやった方が早い」

少し呆けて、それから頭を一気に回転させた。彼がわざわざ私を認めるような発言をするはずがない。「ここにいるから二年を呼ぶよりお前がやったほうが早い」だ。脳内で補足をして、私はそれを持ったまま自分の机についた。ちなみに私の二番目の特技が計算である。地味だ。

見てみるとその書類は、なんというかとても面白かった。どうしてこんなところでこんなミスを。どうしてこんなに小さな間違いがいくつも。そんなのがコロコロ転がっているのである。あと少し、字が汚い。
ああ、これ多分寝る間際に思い出して慌ててやったな。しかも眠い頭のまま。そんなことが読み取れてしまって、そういえば彼はサッカー部のレギュラーだったか、と思い当たった。
なるほど、部活後家に直帰して風呂に入って夕飯をかきこんで、さあ寝るぞ、と思ったときに思い出したとか、そんな感じだろうか。そう思うと少々可愛く思えて口元が緩んだ。

「どうした」

横からかかったのは会長の声だった。何を思っているのかわからない、表情らしい表情のない顔のまま私の方を見る。眼光が少々鋭くて、睨まれているような気もしたがそれはないだろう。好かれてもいないが嫌われてもいない、いわば普通の人であるはずだから。

「多分寝る間際に慌てて計算したんだな、と思って」

小さく苦笑してそう言うと、彼の目が小さく見開かれて、それから少しだけ面白そうな笑みを作って私を見た。何その顔。私そんな顔で見られる覚えありませんけど。思った言葉は口にしない。「そうか」と言われた言葉に軽く返事だけをして、訂正の終わった資料を会長に渡した。

元々、私は生徒会に入りたがるようなタイプでもないし、会長に近づきたがるタイプでもない。今生徒会会計なんかをやっているのは、友人の薦めがあったからだ。元々、そのうち簿記の資格を取るつもりでいたし、まあ経験になるだろう、と思ってのことだった。

、生徒会入っちゃえば?』
『え、なんで』
『数学得意じゃん。それに、私が後輩だったら、生徒会にみたいな先輩が居たら嬉しいなーって』
『なにそれ』

あの時は軽く流していたけれど、家に帰ってよく考えてみたら、もし本当にそうならちょっと、嬉しいな、と思ったのだ。

会長狙いの女子がわんさか集まって競争率が高いのではないか、と思っていたのだが、そこからはトントン拍子に事が運んだ。
そもそも幼稚舎から通っている生徒の多いこの学校で、急に人間関係が動くことはあまりない。跡部景吾という人は気安くはないし、遠くから黄色い声で応援できたとしても、近くで役立ちたいとなると荷が重いと感じるファンは多いようだ。そして、近づくためだけに生徒会に入ろうと思うほど、この学園の中学生は馬鹿ではないし、そんな思惑で入れるほど、この学園の生徒会は甘くないという話のようだ。

生徒会に入ってから、生徒会での跡部様はどんな様子だとか、跡部様の好みはどんなものだとか、そういった質問をされることは増えた。けれど、地味は地味なりに会計という自分の役職に徹している私に口では羨ましいと言うものの、反感を持ったり攻撃的になったりする女の子は、今のところ現れていない。私が地味なのも影響しているだろうが、どちらかというと、跡部様ファンの女子達とは上手く付き合っている方だ。

会長のことは、本人に言ったらただでは済まないだろうが、最初は〝お金持ちの偉そうな息子〟だと思っていた。書記を務める樺地くんを「おい樺地」の一言でいいように使うし、この人本当は自分では何もできないんじゃないの、なんて。

けれど生徒会に入り、少し近くの存在になって気づくのは、案外そうでもないということ。

あれだけ手足となり働いてくれる人が居て、ある意味甘やかされているとも言える状況で、堕落するどころか、会長は駄目人間とは程遠い。勉強も、スポーツも、実は人一倍の努力をして一番を保っているとわかる。彼は彼の能力を鈍らせることをしないのだ。

だから〝尊敬〟している。

「お前は、意外と人を見てるな」

ふと、会長がこちらを見た。もう夕暮れ時。彼の後ろには真っ赤な夕焼けが美しく、まさしく映えている。私は少し辺りを見て、私と会長以外に誰も居ないことに気が付いた。

「わ、たしですか?」
「他に誰もいねーだろ」

ククッと笑って会長が言う。急に褒められた。何事かと、見つめることしかできない。

「何だお前、顔赤いぞ」
「……夕日のせいですよ」

え? あれ? と混乱する自分が居る。それは、会長の言葉にもだし、自分の心臓の音の大きさにもだ。
自分の反応に驚きつつ、バレないように深呼吸。
会長こそ、よく人を見ている人なのだ。おそらくそれもバレているだろうけれど。

(だからって……)

この気持ちを認めるには、まだ心の準備が足りない。

路傍の花、されど

(仕事が出来て周りをよく見てるを、実は俺が気に入ってるなんてお前は思いもしないんだろう)
  • 2020/06/12
  • Traum Raum
  • 7
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