メールだって電話だって身近になったこのご時勢にわざわざ手紙で呼び出さなくたって。そんなことを思って見つめる白い紙。手紙と言っても簡素で淡白な、メモ帳を一枚千切っただけの紙だ。書かれた乱雑な字は日時と場所を綴っていて、終わりにこう書いてある。

――沖田総悟


入ってすぐに「一名様ですか?」と訪ねられ待ち合わせをしていると告げるとすぐに席へ案内された。彼の姿が見えたから、私はここまででいいですと店員に告げる。
そこに座っていた彼はファミレスの窓から外を眺め、ただひたすらにボーっとしていて、声をかけるのを一瞬躊躇った。ああ、久しぶりだ。懐かしい髪の色。きっと、目を見ても同じことを思うに違いない。懐かしい瞳の色だと。
暑そうな上着を脱いでいても真選組だとわかる姿に一瞬呆けた。そういえばそんなこと言ってたな、と懐かしい記憶を引き出してくる。私が知っているよりも少し大きくなった体つきは、どこをどうみても引き締まった男の子の体だった。

「久しぶり」

合わない視線。声をかけなければ気付きそうもないほど、彼は気を抜いているのだろうか。真選組がそれって、少し危ないと思う。私の声に気付き、こちらを向いたその瞳を見てやっぱり思った。懐かしい色。


「まさか先に来てるとは思わなかった」
「呼び出した方が遅れるとかなめすぎでさぁ」
「総悟ならあり得るかと思って」

お前は俺を何だと思ってるんだ、という目で見られてクスクス笑う。促されて向いに座ると、総悟は口を閉ざしたまままた外を見た。
何か用があったのだろうか。それにしては要件が始まらない。静かになった空間に店員がやってきて、私の分の水を置いていく。炎天下の中歩いてきた私はハンカチで汗を拭ってからそれを一口含んだ。冷たい。美味しい。グラスの中の氷がカランと綺麗な音を立てる。

「何素直に来てんですかぃ」
「え、呼び出したの総悟でしょ」
「いや、それはそうなんだけど」

私がチラシをちゃんとチェックする方でよかったね、と内心で思う。新聞と広告の間にチンマリと存在した少し皺の寄った紙は、もしかしたら気付かれなかったかもしれないほどの存在感だった。

「にしてもいつ振りだろうね」
「さあ……」
「私も覚えてない」

結構長い間会ってなかったね、と私は笑う。総悟は何を考えているのかわからない、表情らしい表情のない顔で頷いた。

「何か、用でもあった?」
「用というか、何か久々に会いたくなったんで」
「へぇ」

会いたくなったから思ったまま行動したのか。よくわからなかったが、わかったような気がしている。多分、気がしているだけ。汗をかいたグラスを指先でもて遊ぶ。クルリと回してみると小さくなった氷はグラスの中で円を描いた。

「そういえば、何で手紙? だったの」
「何で手紙が疑問系なんでさぁ」
「手紙というか、もうメモだよね」

実は懐かしい総悟の字がどうしようもなく嬉しくて、今も財布の中に入れてあるんだけどそれは言わない。ただ笑ってみせると、思い付きだったから仕方がないと、そういう文句が返ってきた。もっとも、私だって総悟が筆まめな方だとは思っていない。もしそうだったなら、私のところにもっと早くちゃんとした手紙が届いたっていいだろう。

「で、何で手紙だったの」
のアドレス知らないんで」
「あ」

そういえばそうか。私もそういうところはまめではないし恋人でもない人相手にわざわざ連絡先だけなんて教えないから、総悟は家くらいしかわからなかったのだろう。しかし私は彼が真選組の一員であることもさっき思い出した。なんて薄情な奴だ。

「じゃあいる?」
「じゃあって」
「いらないならいい」
「いや、いる」

結局いるんじゃない。だったら一々文句なんか言わず、素直に言えばいいものを。私はカバンの中からケータイを取り出して赤外線の画面を開いた。

「赤外線でいいよね。どっちからする?」
「受信」
「了解」

お互いのケータイを付き合わせる。テーブル越しだと少し遠く感じたから距離を縮めた。さっきよりも総悟の顔が近いのは、まあ別に気にならない。気にならないというのは、気心知れた仲だからだ。多分。嘘。実は気になっている。

「じゃあ次受信するね」

早く操作して離れてしまいたい。心臓が煩くなる。平常心を保てなくなる。実は好きでした。だけど手紙なんか送ったらバレそうな気がして送れませんでした。まる。もう好きじゃなくなったかもしれないなんて思ったけど、単なる思い違いだった。久々に会ったらもうこんなに思い出しています。乙女みたいな恋愛感情。

バチッと視線がかち合った。相変わらず何を考えているのかわからない顔でいる総悟。あれ、こんなにわかり辛い奴だったっけ。もっとこう、わかりやすかった気がする。気がするだけ?

赤外線の受信がなかなか終わらない。長いなあ、上手く合ってないのかな。そっとポート部分を見ると少しずれていて、直そうとしたその瞬間。腕に誰かの温もりが。そして引っ張られる感覚が。
え、何。理解が追いつく前にもういっちょ。今度は、……あれ?

「……」
「そ、うご……?」
「好きだ」

ああ、あんたそれを言うために呼び出したの。

『送信完了』

「あの、テーブルに当たって痛かったんだけど」「悪い」「あとさっきの、よくわからなかったからもう一回」「……何のことですかぃ」「え、何って、チュー、むぐっ」「馬鹿」
  • 2012/08/27
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