たとえば彼が、私に何を求めるのかを聞いたことがあった。そのとき彼には「何も求めてねえよ」と言われて、そしたらまた一つ疑問が浮かんだので聞いてみると、「あのなあ」と呆れた声を出された。
何か気に食わなかったのかな? と思って間の抜けていただろう表情を自分なりに真剣なものに変えると、彼は私を抱きしめて耳元でそっと囁いたんだ。

「そんなの〝好きだから〟の一言じゃ済まねえのかよ」


今日はあろうことに二年目の記念日だった。何の記念日かと言われればよくあるあれだ。付き合って二周年という、あの恋人達の冷め始めの時期……というのは置いておいて、一年目よりも付き合いが長くなってきたであろう〝元〟バカップル達でさえ大人しく落ち着きを取り戻すような時期なわけだ。言い方を変えても意味が同じ? そんなことは気にしないでもらいたい。

まあ、そんなことはどうでもいいのだ。『そんなこと』なんて言ったら二年目を経験して儚く散っていったカップルさんに怒られてしまうかもしれないが、私は本当にどうでもいいのだ。
過去の人たちの履歴なんてどうでもいい。
今更それを思ったところでどうなるって感じだ。愚痴りたいなら適当なキャバ嬢かホストでも捕まえて愚痴ってもらいたい。私は全く興味がないもの。

元々いちゃいちゃしたがるようなバカップルではなかったし、どちらかと言えば私はそういうのが苦手で、彼もそんな私を別に気にしていないようで、だから今まで合ってきたんだろうけども、ずっと同じバランスで二年目記念までやってきたのだ。
倦怠期なんてこともなく、急なラブ期が訪れるわけでもなく、ずっと平和だったのだ。
不安を感じたことも、相手の気持ちを疑ったこともない。

だからと言ってまさか二年目記念に親友と彼氏の逢引現場を目撃するなんて、そんな神様、私何か悪いことでもしましたか。

「あー……何か急に情けなくなってきた……」

こんなとき、仕事を言い訳にしても許されるものなのか、私にはなんとなくしないほうがいいような気がして口に出すのを躊躇った。だっているのかいないのかわからない神様が、多分私に怒ってこんなことになっているんだからこれ以上その繊細な神経を逆撫でするようなことはしたくない。

「まさかあの二人がなぁ……」

最初からやめておけばよかったんだ。
切れ長の目と、女でさえ羨むような綺麗な髪を持った美貌の彼……とは言いたくもないが、そんな綺麗な容姿を持った人を狙う女性は何人もいる。
少し前から憧れていた相手にある日突然「好きだって言ったらどうする?」的な質問をされて「付き合うかな」なんて答えなければよかった。

端から恋愛なんて向いてないんだ。私は誰から見てもサバサバしているどころかしすぎているキャラなんだ。だからネチネチとした恋事情なんてものには一生関わることもないと思っていたほどなんだ。わかっていたなら道を避けて通ればよかった。

「……どうしたんでござるか?」
「万斉……何て運の悪いところに」

たまたま江戸の町に用があってきたときに二周年を思い出し、たまたまその瞬間に目に入ったのが高杉晋助くんという私の彼氏と、大親友だと思っている来島また子ちゃんだったのだ。その上万斉まで出てくるとなっちゃあ、今日は厄日だとしか思えないじゃないか。
なんてことだ、私に晋助は勿体無いってか。諦めろってか。
確かにまた子は高杉様LOVEな感じではあるけど、私を応援してくれたのは彼女で、ああ、それも友人間のよくあるやり取りだったかなんて思考が本当に恨めしい。

「……嫉妬?」
「違うよ」

疑問系で聞いてくるあたり、彼はかなり意地の悪い人間だ。ただし私は談じて嫉妬なんてしてない……はずである。あまり恋愛経験がないのだ、残念なことに。

「あー、もういいや。帰ろう!!」
「いいんでござるか?」
「晋助の決めたことに文句なんてないもの」

そう言った私に、「相変わらずでござるなぁ」と、苦笑しながら頭をポンポンと撫でた万斉は、私が無理やり引っ張る形になっていた自分の手で私の手を優しく握って行こうとしていた道と反対の方、つまり晋助とまた子のいた方向へ歩き出した。
「待って」と言おうとしたときにはもう遅く、晋助が少し驚いたような顔をしてばつの悪そうな私の顔を見て「何やってんだこんなとこで」なんて言ってくる。
思っていた反応と違うな。こういうときは気まずそうな見つかっちまったみたいな顔をするものじゃないだろうか。でも相手は晋助だ。仕方がないかもしれない。

そんな思考はさっさと頭の隅に追いやって、さっき一瞬でも万斉を兄のようだなどと思った自分を叱咤する。この男はそうそう信用できたものじゃない。何を考えているのか全くわからないのだ。相手にしない方が賢明である。

「二周年くらい彼女と一緒にいたほうがいいでござるよ。寂しそうな顔をしていた」

あれ、嫉妬とか言わないんだ。嫉妬とか。まあ「yes」とは言ってないけども、これだけ食えない男なのだからそれくらい言うかと思った、と二つ分くらい高い位置にある万斉の顔を見上げる。
意図がわかったのかわからなかったのか、口パクで「言われたくなかったら黙っていろ」的なことを言われた。全く酷い奴である。

「あれ? また子は?」

ポロっと口から言葉が出て、しまったと万斉をもう一度見上げると、彼はニタっとした笑みを浮かべて何も言わず去っていく。何がしたかったんだ。勝手に連れてきて勝手に放置か。いい度胸だなこのやろう。

「何でこんなとこにいんだよ……」
「それはこっちの台詞」

すぐ側に、綺麗な顔があった。

嗚呼、その何もわかっていない顔が憎く、とても愛しいなんて、私も思っていることがぐちゃぐちゃだ。冷静なのが取り柄なのに、これじゃ本当に嫉妬しているみたいだ。笑えてくる。

「いや、俺はよお、……ほら、今日二周年だろ」
「え?」
「……まさか忘れてるとかは……」
「いや、覚えてるけど。え? 私としては晋助が覚えてることがびっくりというか」
「はぁ? 相変わらず失礼だな」

あ、相変わらずだって今日二回も言われた。やっぱり厄日かもしれない。かもしれないなんて少し希望を持っているような言い方で嫌だな、なんて、またどうでもいい方向に思考が進む。

やっぱり、今日の私はどうかしている。

「ねえ晋助」
「あ?」
「私に何を求めるの」

丁度一年前に聞いた問いなのに、答えすら鮮明に覚えているそれを、私はもう一度繰り返す。

「何も求めてねえよ」

ねえ、それはいい意味ですか?
それとも悪い意味ですか?

一年前となんら変わらない、全く同じ答えを同じ調子で返してくれる彼は、やっぱり少し呆れた風で、それすら疑ってしまう私が酷くみっともなくて、彼に対して初めて『疑う』ことをした私の心は罪悪感に見舞われた。

「じゃあ……何で私と一緒にいるの?」
「そんなの……」

と、そう言った貴方の先の言葉が嬉しいくらい読めてしまう私は、これからも貴方の横で笑えるのだろうか。

「〝好きだから〟の一言じゃ済まねえのかよ」

抱きしめてそっと囁いてくれた言葉は、何も変わらない貴方の声で、優しい色をともしたそれに私はいつまでも安心していられるような錯覚さえ覚えた。

「ほい」っと会ったついでのように渡された小さな箱を、不思議に思ってじっと見つめ、何? と頭一つ上にある彼の顔を見上げる。

「今日二周年だろ」

と、それだけ言えばわかるだろうと言わんばかりの顔で、「開けてみろ」と促した。

「…………指輪だ」
「もうちょっと嬉しそうにできねえのか」
「いや、私だから」

「違いねえ」と頭を撫でて、了承も得ないままに唇にキスを落としていった彼は私を見て笑う。

「案外ガキだな」

と笑う。

その言葉に、少しでも親友に嫉妬してしまっていたらしい私は返すことができず、でも悔しくて彼の腕に自分の腕を絡めた。

貴方が私の側にいる理由

(ずっとずっと、隣にいるのが私でありますように)
  • 2010/03/24
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