腕の時計をこっそり確認して、小さく息をつくのに隣の彼は気付いていない。
そもそもこれがデートとか、そういうことならまだあれだったのだけれど。ただ単に委員会が長引いた私と部活をやっていた仁王が校門で鉢合わせただけの、「今日は寄り道せんから一緒に帰らんか」と言われただけの、何となくな誘いだった。

彼氏彼女の関係になって一ヶ月とはいえど、元々甘え下手な私に我侭なんて言えるはずもなく、頷くだけ頷いて、着々と進む帰路を止める術の見つからないそれに抗わずにいる。

チラリと向けた視線は、仁王のそれとかちあった。それに驚いて目を丸くすると、仁王の方は面白そうに笑みを深める。
何がムカつくって、この何でもわかっていそうな、それでいて行動に移さないような、そういう笑顔がムカつく。ムカつくから、結局私も意地を張るわけで。

「あれじゃな」
「何?」
「意地っ張り」
「悪かったわね」
「悪いとは言っとらん」

クスクスと笑うその音が心地いいと友人に言ったら、彼女は失礼にも「あんた変わってる」と言った。「私が恋人なら、あれ聞くと不安になるわ」。その感覚がよくわからなかったけれど、彼女にとってはそうなのか、とそれだけ思った覚えがある。
少なくとも、私は仁王の小さな笑い声を心地いいと感じている。温かいわけではないけれど、好意の伝わる笑い方のように思う。だからムカつくが、憎めない。そんな複雑な感じなのだ。

「寄り道したいんか?」
「親、厳しいの知ってるでしょ」
「そうじゃな」

うちの親は厳しいというより、放任的ではない。

平日は夕飯までにはちゃんと帰ってきなさいよ。
休みの日でも夕飯がいらないときはちゃんと連絡しなさいよ。

当然と言えば当然で、普通の家庭だと思う。健全な中学生なら守れることだけれど、どことなくませている立海の中で、仁王と付き合ったことのある女の子達の家庭よりは厳しいようだった。

常勝立海テニス部の練習がハードではないはずがない。下校時刻ギリギリまでみっちりつまった練習メニューを見てこれを毎日やるのか、と驚いたのはまだ私達が友人だった頃。テニス部の練習が終わるのを待ってからでは寄り道できる時間は取れない。普段はそれに何かを思うことはないけれど、時々そういうこともしてみたいと寂しさに似たものを覚える。

家の決まりごとも母の心配も、嫌だと思ったことは一度もない。仁王にはちゃんと部活を頑張ってほしい。でも、感情はどうしようもない。
一人悶々と考えていると、仁王が私の手を取った。突然のアクションに驚き、少し頬が温かく感じる。微妙な顔をする私を、仁王は楽しそうな笑みを見いていた。

「少し回り道するくらいならええじゃろ」

そう言っていつもよりゆっくり歩く仁王に私は一瞬呆けて、繋いだ手に引かれ足を前に一歩出す。私はそれに素直に従い、並んで歩いた。

「仁王って、意地が悪いよね」
「何を言うとるんじゃ、こんなに甘やかしとるじゃろ」
「そうなんだけど、その前に一回意地悪挟むよね」
「意地悪ってなんじゃ、意地悪って」

意地を張る私に対して何もしないという意地悪をして、けれど仕方がないとばかりに甘やかすのだ。そのワンクッションが無ければ完璧に甘々なのに。
そういう憎たらしいところが仁王らしいので、結局まあ、状況は違えど私の好みは変わっていると言っていいだろう。

「そういうのに素直に応じる私は素直だと思う」
「何を言うとるんじゃ」

ピン、とおでこをはじかれる。「いっ」と可愛くない声が出て、それに仁王が笑う。

「そういうとこじゃよ……」
「真似はやめんしゃい」

楽しそうに仁王が笑う。そういう、笑い方を急にするのはずるいだろう。本当に仁王は、ずるい男だ。

、ゆっくりでええんじゃ」

シンデレラタイム

(「中学生じゃから自由にならんのは仕方ない」なんて、仁王が言ってもいまいち頷けなかったけど)
  • 2020/06/18
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