は我侭を言わない」

そんな相談をしたら岩ちゃんに嫌そうな顔をされた。「それの何が嫌なんだよ」と岩ちゃんは言う。「ありがたいことじゃねーか」と。

確かにバレー部の練習は他の部に比べて厳しいし、忙しいし、付き合う女子からしたらたまったもんじゃないだろう。それを理解してくれていて文句の一つも言わないのだから〝ありがたいこと〟には違いないのだ。だけどは部活以外に対してもそうなのだ。俺が女の子に笑顔を振りまいても、俺が女の子にヘラヘラしても、俺がファンサービスに勤しんでも文句なんて一つも言わない。いつもちょっと離れたところでそれを苦笑して見ていて、終わったら「お疲れ様」なんて声をかけてくれちゃったりするのだ。凄くいい恋人なのだ。

もっと独占してくれていいのに。

そう思う。そりゃあ部活はサボれないし手を抜くこともできないけど、女の子に対することなんか特にそうじゃないか? と思う。自分の彼氏が他の女の子と和気藹々していて辛いとか悲しいとかないのだろうか? そんな暇があればもっと自分に構えだとか、そういうことはないのだろうか? 自分とを逆転させて考えてみたら、俺はが他の男子と仲良くしているのはムカムカするし、そんな暇があったらもっと自分に構えと思う。絶対耐えられなくて本人に言うだろう。「もっと俺に構ってよ」って。
は確かに我慢強いけど、顔に一切出さないほど器用な子じゃない。だとしたら、本当に思ってないのだろうか。そう思うと酷く寂しい。

なんて思っていたら、タイミングが良いのか悪いのか、がクラスの男子と仲良く喋っているのが目に入ったりしちゃうわけで。

(そんな奴と話すくらいなら、もっと俺に甘えてくれればいいのに)

モヤモヤモヤモヤ。気にしないようにして部活に出たけど、いつもより若干サーブは調子悪いし、一年ならともかく岩ちゃんにはそれがバレるし、「しっかりしろよな」なんて言われるし、煩いよ! と癇癪起こしそうになるのも何とか堪えて練習に打ち込む。

今日は、が委員会の日だ。どうせ遅くまで残るからって言って一緒に帰る約束をしている日だ。だから、もう少ししたら体育館にが現れて、一年に「ちわっす!」って言われて、二階に俺の練習を見に行く。
だから気にしないんだ、と思いながらサーブを一本打ったところで、ちょうどが現れた。「ちわっす!」とやっぱり一年の声がして、「やっほー」と気の抜けたような声がする。ああ、もう、可愛いなあ。そう思うけど、そっちが見れない。が体育館の端を歩いて二階に上がって行く。いつもの場所に立って、俺の方を見ながら微笑んで小さく手を振ってくれる。俺はそれを見て、でも結局他の所へ視線を逸らした。

(……無視、しちゃった)

心の中で罪悪感と情けなさを抱きながら、結局の方は見られない。あーあ、かっこ悪い。そう思うけど、やっぱり見られない。小さな嫉妬心が俺の眉間に皴を刻むのがわかった。は無視したと思うだろうか。もしそう思ったなら、辛いと思ってくれるだろうか。悲しんでくれるだろうか。不安を持ったりするのだろうか。いや、と内心で否定する。きっとはわけがわらかなくてキョトンとしているだろう。

ネット越しに岩ちゃんが呆れたようにため息をついているのが見えた。

「何拗ねてんだよ」

そう言われたけど、拗ねたって仕方がないと思う。

結局部活中は一度もの方を見ずにやり過ごした。背中にの視線を感じても振り返らないし笑わない。罪悪感を募らせるだけ募らせて、俺は何をやっていたんだろう。体育館の入口からキャーキャー騒ぐ女の子達にもいつものように愛想を振りまかず、様子のおかしかった俺に後輩達は少し怯えているようだった。唯一岩ちゃんだけは何かに勘付いていて、練習中何度かボールを投げられたし、着替え中には軽く頭を殴られた。

「あんまり無視してやんなよな」

と岩ちゃんは言う。そのを思いやる言葉に少しだけモヤッとした。と岩ちゃんは同じクラスで、と知り合ったのも岩ちゃんの方がずっとずっと早くて、幼馴染にすら嫉妬する自分の心の狭さには自分でびっくりする。

けど、仕方ないんだ。だってが本当に俺のことが好きなのか、ここ数日ですっかり自信を無くしてしまっていて。

帰りもしばらくと口もきかなくて、「お疲れ様」と言ってくれた彼女に「うん」と返したまま沈黙が続いてしまって。何かを勘付いている彼女は俺に何も言わず、黙っている。

は我侭言わないよね」

キョトンとした目でが俺を見た。
驚いているのか呆れているのか、それでもまだ話さないにこっちが焦ってくるのを何とか堪える。

「……どうしたの?」
「……」
「何か不安?」

むしろ彼女が不安そうな表情で俺に聞く。ああ、不安そうだな、と思うと少しだけ余裕が戻って来た。酷い彼氏だと思うけど、仕方がない。そんなことでしか自信を持てないだなんて、俺は本当にが好きなんだ。

が」

不安そうで可哀想な彼女を見て素直に話そうと口を開く。彼女と目を合わせた瞬間に、今までの自分の嫉妬心が恥ずかしくなって顔が熱くなった。眉間に皴を寄せ、軽く顔を隠してそっぽを向くと、がまた不安そうな顔をする。
ああ、もう。疑ってゴメン。だからそんな目で俺をジッと見ないで。

「俺のことを本当に好きなのかって、思って」

「女の子と仲良くしてても何も言わないしさ」と加えれば、今度は一変して驚いた顔。そうして羞恥心で彼女を見れない俺の横顔をまじまじと見つめ、突然ふ、と微笑んだ。「そんな心配、しなくていいのに」そう言って彼女は笑う。

「私から告白したんだから」

その彼女の言葉にサッと場面がフラッシュバックした。

顔部活後の自主練を終えた後、校門前で呼び止められた俺は聞き慣れた大好きな声に振り返った。『?』と驚く俺に、は『そうだよ』と固い声で言った。いつもよりも強張った表情で、肩に不必要なほど力の入ったの姿が暗闇の中に見える。『どうしたの』とまだ驚く俺。心臓は痛いほど高鳴っていて、もしかして、という期待が籠った声がした。

『伝えたいことが、あって』

ああ、本当に本当に、決心して待っていたんだな、と思わせてくれるような声でが言った。

『及川が好きなの』

可愛すぎて抱きしめた。

「あのね、私、及川と付き合えて幸せだったよ。今思いつく限り二番目に!」
「二番目なの!?」

そう、思わず聞き返す俺。彼女はにっこりとほほ笑んで、俺の手を取る。何も言わない彼女は楽しそうに微笑んで、誤魔化すように俺の頬にキスをした。

二番目に幸せと言ったら怒るのでしょうね

「一番目が叶ったらその時に言うね!」と彼女が言った。
(及川が牛若と満足のいく試合ができますように!)
  • 2014/10/10
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