久しぶりにゴンとキルアがくじら島に帰ってきたという話を聞いて私は浮足立っていた。森の中で動物達に見守られながら木の実を摘んで、森の食べ物を分けてもらうお礼にと自宅から彼等にも食べられそうなものを見繕って持っていく。そのまま小一時間のんびり過ごしながら、心の中は銀髪の少年のことでいっぱいだった。起き上がって動物達に手を振って「またね!」と言いお菓子を作るのに家へ戻ると、キッチンでもまた、悩むのはあの子のことでだ。

幼馴染のゴンの好みはよくわかっていても、キルアのことはてんでわからない。悩みに悩んで結局、彼が苦手でもゴンが食べきってくれるだろうと、ゴンの好きな物を数種類作った。お金持ちらしいし、口に合うかなあと思いながら、籠に丁寧に盛っていく。それから「会いに行こう」と思ったところで、だったら少しはおしゃれをしないととクローゼットを漁り出す。姿見の前で自分の恰好をジッと見るなんて、慣れなくて少し照れてしまう。それでもなんとか明るいオレンジのワンピースと白いカーディガンを身にまとって、髪を軽く整えてから籠と一緒に家を出た。

「ミトさんこんにちは!」
「あら、いらっしゃい」

玄関から入り元気よく挨拶をすると、ミトさんが暖かく迎えてくれた。「これ、皆でどうぞ!」と台所仕事を終えて手を拭いていた彼女に籠を渡す。するとバタバタと足音がして、「!」と聞き慣れた声がした。

「ゴン! 元気だった?」

ハンター試験を受けて一度帰ってきたものの、そのまま中々顔も見せなかった幼馴染だった。相変わらずの明るさで「うん!」と言ったゴンの後ろには軽く手を上げて「よお、久しぶり」とぶっきらぼうに言う彼がいる。光に輝く銀髪と青い釣り目が綺麗で見惚れそうになるのを堪え、僅かに視線を泳がせながら「久しぶり」と笑うこともできずに言った。こんなんじゃ本当にか可愛くないと自己嫌悪に陥り、好きな男の子にまともなアピールすらできない自分に呆れる。けれど暗い顔もしていられない、と自分を奮い立たせた。

彼等がいつまでくじら島に居るかはわからないけれど、そのうちまた長い旅に出かけて行ってしまうのは目に見えていた。だったら今のうちにたくさん姿を目に焼き付けて、たくさん話をしなければ勿体ないのだ。久しぶりだからと照れている場合ではない。

「二人とも手を洗ってらっしゃい。がお菓子を持ってきてくれたからお茶にするわよ」

「はーい」と元気よく駆けていく彼等は子供っぽいけれど、ハンターの内面そのままだと私は思った。好奇心旺盛で、いろんなものを見たくて、いろんなところに行きたくて仕方がないのだ。一つの場所に留まっていられるような人は少なくて、年中ふらふらして中々帰ってこない。ハンターというのはそういう性質の人が多いのだ。ハンターとはそういうものだと、ミトさんからよく聞いている。ゴンのお父さん――ジンさんがそうだということも知っていたし、小さい頃からゴンの傍に居れば嫌でもハンターとはそういうものだとわかってしまう。

からも、ゴンを説得してほしいの』

ハンター試験を受けたいとゴンが言ったとき、ミトさんにそう頼まれたけれど、私は心底困ってしまった。ゴンから聞いた、森で出会ったハンターの話。『ミトさんに内緒だよ』と言いながら、カイトという長髪のハンターがジンさんについて教えてくれたんだと嬉しそうに話したゴンを見ていた私には、到底止められそうもなかったし、止めたくもなかった。

『一応言っては見るけど、期待しないでね』

そう言うと、ミトさんは少し驚いた顔をして、『お願いね』と言った。その驚いた顔は、『も無理だと思うのね』と雄弁に語っていて、もう止められないことを彼女も心底わかっているようだった。それでもゴンが可愛くて、心配で、できることならと一抹の希望だけは残しておきたかったのだろうと、あの頃の私はなんとなく感じ取っていて。『本当に行くの?』と聞いた私にゴンは少し困ったように眉を下げて頷いたけれど、私は何も言えなかった。森の中で、動物達の輪の中で、二人並んで寝転んで、綺麗な空気を吸いながら、私は小さく口を開いた。

『止められないのわかってるから言わないけど、時々は帰って来てよ。ミトさんに顔見せてあげなよ』
『ありがとう。そうするよ』

ゴンはそう言って笑ってから、『俺が居ない間はミトさんのことお願いね』とそんな身勝手な事を言って、主を釣り上げて行ってしまったけれど、私は彼に言われるまでもなくミトさんと仲良くしたし、正直ゴンのことなんて心配すらしていなかった。なんだかんだ上手くやっていくだろうことはわかっていた。ただ、ゴンを見送った後しばらく寂しそうなミトさんを見ていて、私はハンターに入れ込まないようにしようとだけ、思った。
思っていたのに、今はこれだ。私の気持ちに薄々気づいているミトさんは時々複雑そうに私を見るけれど、一番複雑なのは私なのだ。

「うわ、美味そう」

その声にハッとして顔を上げると、手を洗い終わった二人が席に着いていた。ミトさんがお皿とカップを出して準備してくれたテーブルの真ん中には私が持ってきた籠が置いてあって、それをキルアが覗き込んでいる。今になって緊張してしまって、私はぎこちなくミトさんの横、キルアの向かいの席に腰を下ろした。

のお菓子美味しいよ!」
「え、これが作ったのか!? すげえ!」

キラキラした目を向けるキルアに、私は照れて小さく笑った。大きな青い目が真っ直ぐ私を見ると、無性に嬉しくて、無性に恥ずかしくて、無性にくすぐったい気持ちがする。キルアはなぜかすぐに視線を逸らして「お前いつもこんなもん作ってもらってんのかよ!」なんて話しかけていて、それを見ていたミトさんが目を真ん丸にして私の顔を見た。私はミトさんの視線の意味が分からず首を傾げたけれど、彼女が困った顔をして、今度はゴンと目を合わせて二人して頷き合っているからいよいよ訳が分からない。逸らさなくたっていいのに、と思いながらも、けれど逸れて安心している私もいる。複雑な気持ちだった。
とにかく食べようとゴンの声でお菓子に手を付けたけれど、キルアが美味しい美味しいと言いながら本当に美味しそうに食べてくれるのが嬉しく、何もかもがどうでもいいような気がしてしまって訳が分からないことを考えるのをやめた。


一回目にくじら島に来る前、ゴンに聞いたという幼馴染の少女の性格は『元気で明るく優しくて、けれど慎重に行動するしっかり者』だった。なんだその完璧な人間はと思ったが、実際その通りの人間性の彼女は島の人にも好かれている上森の動物達にもゴン同様好かれている。ただ、人見知りをするのか俺にはまだ慣れてくれていないようで、表情がぎこちなかったり笑顔が少なかったりするのはなんとなく寂しかった。

まだ二回しかくじら島に来ていないのに、その短い時間でもに好意を持つのには十分だった。ゴンには早々にバレたけど、それ以来何か進展があるということもない。遠距離じゃ難しいよな、と思いながらもゴンとの旅をやめるという選択肢は無く、それでも島で恋人ができてしまったらと考えてやきもきすることは多かった。
くじら島から旅立ってまた訪れた俺は、お菓子を持って来たを見て髪が伸びたなあと思い、明るい暖色の服が似合う彼女に挨拶をしつつも、どことなく居心地の悪そうなと、負けず劣らずな俺。気持ちを自覚してからどうにも緊張してしまって、話題を振ることも難しくなってしまって、ゴンの後ろから彼女を見るくらいのことしかできなかった。

ハンターなんて世界中を飛び回るような職業で、しかも実家は殺し屋だなどという俺がに近づいてもいいのだろうかと思うことは多い。諦めよう。はくじら島で森と動物といい人達に囲まれて幸せに暮らしていくのが似合ってる。そう思っても、結局「でも好きだ」に行きついて堂々巡りをしてしまうのだ。彼女がどんなに夜より太陽の方が似合うとしても、俺は彼女が好きなのだ。そう思えば思うほど、緊張は強くなり、けれど想いも強くなり、どうしていいのやらわからなくなっていった。

のお菓子美味しいよ!」

ミトさんが準備を整えてくれたテーブルを前にゴンがそう言って、俺はそれにギョッとして、素直に「すげぇ!」とを見る。僅かに頬を染めてはにかむように笑うがあんまりにも可愛くて柄にもなくドキッとしてしまい、思わず目を背けてしまった。心底らしくない。でも、可愛すぎるが悪い。不思議そうにしている彼女を前に、取り繕うように、けれど本心で美味しい美味しいと言いながらお菓子を食べて、それと同時に「ああ、料理までできるんだな」なんて彼女の好きな所をまた一つ見つけたりして。どんどんどんどんドツボにはまっていくのを困惑と、幸せとを持って感じていた。

チラリとへ視線を向けると、こっちを見ていたらしい彼女とばっちり目が合って、物凄い勢いで逸らされる。逸らさなくたっていいのに、と思いながらも、逸れて安心している俺もいる。複雑な気持ちだった。

いくじなし

(本当はもっと話したいのに!)
  • 2015/02/16
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