接点というほどの接点もなく、彼女と俺の関係を表す言葉としては“クラスメイト”が妥当だろう。落ち着いた雰囲気と頭のよさは同学年とは思えないと憧れの対象に見られるほどで、その面倒見のよさはまるで上級生の“優しい先輩”を連想させる。らしい。
正直俺はクラスメイトで図書委員長のをそんなふうに見たことは一度もなかった。
「……それ、疲れないか?」
「それ?」
「それって何?」と相変わらずの飾り気のない言葉に眉を顰める。こいつなら、それこそ一瞬で何のことを言っているのかわかったはずだ。それでも知らないふりをするあたり凄い意地悪な性格だと思うのだが、なぜ周りはああも気付かないのか。
「それ。その笑顔」
「笑ってて疲れることなんてあるの? 変だね、木更津は」
纏められたプリントをトントンと机に当てて整え、席を立つ。
「変なんてに言われたくない」
「私が変だって言うわけ?」
どうせ今まで俺の話なんて興味もなさそうに流していたが少々話題に食いついた。普段のこいつならないことだな、と面白くなりながら、何も思わないような顔をして対応してやる。だって似たことをしているのだからお互い様だろう。
「十分変だろ」
「私はいたって普通。変なのは木更津だよ。どこに目つけてるの?」
それは貶しているようにも聞こえなくて、でも貶していないとしたら意味の取り方が無数にあって、俺は「どういう意味?」と率直に聞いた。
そもそも普段から遠まわしな言い方をするに、自分まで遠まわしな言葉を使えばちゃんとした会話が成立しないのは目に見えている。今まで何度も話しているのだからそれくらい気付くだろう。
「……木更津は皆と見るところが違うね」
それは私の率直な感想だった。
彼は周りの皆と見ているところが違う。
だから誤魔化せない。
どんなに笑顔でつくろってみても、どんなに言葉で流してみても、遠まわしな言い方も、何をやっても通じない。いつ化けの皮が剥がされるのかと気が気じゃなかった。それが今日ということだろうか。幸い、今この教室には他の生徒はいない。何を言われて何を返そうと、木更津亮というこのクラスメイトは何かをふれまわるようなことはしないだろう。
彼はそういう人だ。
「どこに目つけてるの?」なんて一見すれば貶すような言葉すら違うものだと判断して、遠まわしな言い方に遠まわしな問いかけをしても無駄だと、わざわざ私がわかり辛くしたそれをいとも簡単に見抜いて率直な質問をしてきた。
だから、私も率直に答えた。
これで最初にされた質問から会話が離れる。それにさえ触れられなければ、ボロを出すような真似はしない。これ以上この人に感づかせるような行動は起こさない。
「見るところが違う?」
「さっきの言葉に『どういう意味?』なんて言われるとは思わなかった」
「ふーん」
面白そうな、してやったりな笑顔の彼に私の眉がよった。
木更津との会話で初めて、表情が変わったことに彼は気付いているのだろうか。誰と話すにしてもいつでも笑顔だったことに少しでも感づいたらしい彼なら、もしかしたら気付いているかもしれない。
「はもう少し思ってること顔に出した方がいい」
中一から中三までずっと同じクラスだった。その中で会話をしたことだって少なくない。それなのに俺はの笑ったところしか見たことがない。それに対する違和感が消えないほどに。
「で、最初の質問に答えてくれる?」
「……」
その言葉に、今度はの目が大きく開いた。
困ったように苦笑して、「先生にプリント提出しにいくから」と手招きする。
立ち上がって彼女の後を追うように教室を出ると、意外なことには出てすぐのところで待っていてくれた。てっきりさっさと先へ行ってしまうと思っていた分驚きは倍増だ。
「私、そんなに冷たい人間じゃないよ」
「皆が思うほど温かいわけでもないけど」と付け足して笑う。
俺より二歩ほど前を歩いて、『笑っているのは人当たりがよく見えるから』。そんな言葉からの説明は始まった。
いつものような温かくて柔らかい、それでも感情の出ない声色ではなく、淡々と、ただわかりやすく説明する彼女は全くの別人に見えて、全く同じ人だ。
「人当たりよく見せたいのは、男子にも女子にも同じように接しているのを周囲が知っていれば、たとえ男テニのレギュラーと話をしていても問題視されないでかなあって思って。『ああ、この人は誰にでも優しいのね』で納得してもらえるから」
クスリと音を立てて笑う。
「私ね、テニス部に好きな人がいるの」
質問から簡単に逃げさせてくれるほど、木更津は甘くはなくて、ここまで話してしまうくらいなら全て話してしまおうと思えるだけの引力を持っていた。
不思議で、変で、人と見るところが違う、そんな私の好きな人のことを話そうと思わせるような。
「私、木更津が好きなの」
見つかる前のカミングアウト
- 2010/04/28
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