「私、木更津が好きなの」

そう、急に率直な告白をしたは笑っていた。それでも今までにないくらい真摯な雰囲気は驚くほどに彼女の元の雰囲気と合っていて、あれ、ってこんな顔する人だったんだ、と今まで以上に驚いた。

何がわかっても驚かない。それくらいの気持ちで一番初めの質問をしたというのに。

「もう下校時間だよ」

話を聞いてくれてありがとう、と言葉の前にクスクスと穏やかな笑い声を残したは、その口で「また明日」と言った。その言葉には、いつもと違う響きがあったように思う。


言ったんだなー、とまるで人事のように思う自分がいる。まるで友人の告白を事後報告で聞いたような、そんな気分だ。
そして自分自身、中学に上がってからずっと思い続けてきた人への告白のすぐ後に「また明日」と落ち着いた声が出てきたことにとても驚いている。
私はいつの間にこんな冷めた人間になったのだろう。それとも口から出た「好き」の言葉にまだ思考が追いついていないのだろうか。

「……言っちゃったのか」

確かにスッキリした気分だ。
今まで本人にハッキリ言えなかった言葉を、あんなにもあっさりと、流れのままに言ってしまえたことに対して、確かな達成感があった。
それでも、今まで自分の心の内にしまっていたそれを口に出すことで、何か得体の知れない喪失感がある。

なぜ……――――

わけがわからない。それなのに前から知っていた気がするこのこれは何なのか。考えてもわからないような気がして、知るのが怖い気がして、それを答えとして言葉を綴れないまま、フッと冷えた風が通り過ぎたのを感じて意識を現実に戻した。

「あ……」

下足室の中から見た校庭は真っ暗で、職員室を出てからの記憶が途切れていることに気がついた。私はまだ学校を出ていなかったらしい。
そんなに考え込むようなことでもなかったはずなのに、随分と深く思考を巡らせていたらしい。今日は両親共々仕事が遅い日だから、遅く帰ったとしても母のやけに心配そうな安心した声と、父の安堵の交じった怒鳴り声が聞こえることはないだろう。
大して慌てるでもなく、私は下足室を後にした。


「遅い」

そう、やっと校門から出てきた人物に声をかける。街灯に照らされた彼女は少し驚いたような顔でこっちを振り向いた。
今日は今まで知らなかったの表情を見すぎだな、と頭の中で思う。

「聞き覚えのある声だと思ったら……何で木更津がここにいるの?」

忘れ物? と聞かれた俺は、一度家に帰ってそのまま学校に戻ってきたため通学用の鞄を持っていない。

「そう。忘れもの」
「へぇ……木更津でも忘れ物なんてするんだ。今なら篠崎先生残ってたと思うよ」

そう担任の名前を出したは、俺が忘れ物を〝取りに来た〟のだと疑っていないようだ。
じゃあね、と一言言って俺の横を通り過ぎる彼女を「」と苗字だけで呼び止める。その声に、無視するでも嫌そうな顔をするでもなく、ただ普通に「何?」と再度振り向くはかなりの大物なのではないだろうか。
元々優しい先輩イメージが定着してしまっているには浮ついた噂の一つすら流れたことがない。こういうレッテルを貼られている人というのは、一度告白なんかをしようものなら、それこそ一日の間に学校中に広まってしまうものなのだ。
それを思えば、というクラスメイトは恋愛事情などに自ら突っ込んでいくタイプの人間ではないのだろう。そうでありながらさらっと告白し、そのまま普通に接する、なんていう芸当ができるのは単に元々そういう性格なのか、それとも繕っているだけなのか。
多分前者だな、と後者であれば見抜けるという考えから自己完結に至る。

「忘れ物、取りに行くなら早い方がいいと思うけど。先生帰る準備始めてたし」
「別に俺、忘れ物って言ってないし」
「は?」
「忘れもの。迎えに来た」

物、ではなくて者だ。日本語っていうのは本当に難しい。人によって受け取り方が全く違うのだから。国語で習う詩よりも日常会話の方が難しいのではないかとたまに思うが、きっと間違ってはいないだろう。

「クスクス。のことだよ。いい加減気付いたら?」
「……私?」

わけがわからないという顔で俺を見るは、喜ぶでも嫌がるでもない。まだ理解が追いついていない様子だ。

「何で木更津が?」
「何でって……そうだな」

告白された瞬間は、確かにいきなりのことで驚いていた。それでも心の隅では喜んでいる自分がいるのに気がついて迎えに来たわけだ。だが何で? と聞かれてそれを答えたとしてもが納得するかどうかは疑問。

そして、何とも意地悪な言い方をしてくれた彼女に、俺がストレートに答えるのは割に合わないのだ。

「俺がを名前で呼べるようになりたいから。でいいか?」

今日見た中で一番驚いた表情のの手をとると、下足室にずっといたせいで冷たくなっていた手が俺の体温で温まるのを感じた。

互いの体温が交わった時

って、呼んでみたいんだ)
  • 2010/05/01
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