「好き」だと思うのに、「好き」とは言えない。
「好き」だと思うのに、「好き」と言ってはいけない。

その言葉に続くのは、「好きになって」という押し付けの言葉だから。


「ねえ、木更津もいかない?」

今まさに帰ろうとしていた男の子に声をかける。扉側の席に座っていた彼は、意味が理解できていないような顔でわずかに首をかしげた。

「クラスの皆プラス黒羽で遊びにいくの。だから、木更津も」

3年B組のは生徒の仲がとてもいいクラスだ。

誰かを引っ張って騒いだりするのが好きなメンツが、割合大人しめな生徒も巻き込んで馬鹿騒ぎしていくうちにどんどん打ち解けていく、という、そんな始まり方をしたクラスだから、テストの最終日、学期末、体育祭の打ち上げ、と何か名目をつけては皆で遊びにいったり適当にぶらついたりしている。

その中でも私の親友である巴は、何かと行事やら祭りやらを企画して皆を巻き込んだり、そういうクラスのムードメーカー的位置にいた。
そういう親友を持った私は、必然的にメンツを集める協力をしたり、そういうことにも手を貸すことが多くなったためか、ここ最近はどうやらクラスの真ん中らへんまで、不本意ながらも引きずられている感じがしなくもない。

「……それはいいけど、何でバネ?」
「ほら、今色ボケ時期だから」

違うクラスの男子が一人だけ入っていることに疑問を持ったらしい木更津は、私の言葉を聞くと「なるほど」とそれだけ言って、テスト後で何やら軽そうなスカスカの鞄を肩にかけて、扉から顔を出していた私の方まで歩いてくる。

黒羽と巴は今月の初めに付き合い始めたばかりという、まだまだバカップル、とまではいかないまでも、元々サバサバ系の巴からピンクオーラが薄くとも目に見える程度には浮かび上がっているような、そんな時期。
今回、暇だったらしい黒羽まで巻き込むことになったのにはそんな理由があったりするが、一番の理由は親友の頼みであるし、クラスの面々もノリのいい黒羽が入って文句を言うような人ではないだろう、と私までもが「いいんじゃない」と言ったからに他ならない。
そんな私にはもう一つ、黒羽を呼んだ理由がある。

正直今木更津と顔を合わせるのは、あまりいい気がしない状態にあるのだ。
だからこそ、彼と同じ部活の黒羽を予防線として呼んだ。樹もいるけど、そういうのは多ければ多い方がいいだろう。
つまり、私と木更津が関わる時間を、少しでも短くしてもらえれば、ということである。単に巴が喜ぶだろう、とも思ったが。


「いいなぁ、は。木更津くんと普通に話せて」
「何が?」
「だって私、緊張してうまく話せないもの」

苦笑しつつもそう言う隣の席の女子生徒に、いきなり何の話だ、という視線を向けながら、それでも私は話を逸らすことはしなかった。

「でもね、何かなら木更津くんの横にいてもいいような気がするんだよね」
「は?」
「あ、違うの。本人達の自由なんだよ?」

「ただね」、そう女の子らしい表情で続けた彼女は、私の目を真っ直ぐに見て、なぜかとても清々しい様子で口を開く。

は私の憧れだから。……というか、木更津くんと並んで歩いてても違和感ないもの」


それが当然みたい。と彼女は言った。
そう言われて嫌だったわけじゃない。それでも、その話に出てきていた生徒A・・・・・・――木更津亮という、誰にも言っていない私の想い人が、その会話も十分に聞こえる場所にいた、ということが問題なのだ。

そんなことがあったのは昨日の話。
クラスの中で何もないような顔をしていられるからといって、二人きりになってもそうでいられるかと言われれば、私の場合はNOと答える。
なんとも思っていない相手ならまだしも、木更津亮は私の想い人なのだ。

「あの二人」
「ん?」
「あの二人の仲立ちしたのがって本当?」

今まで黙っていた木更津が、下足室へ向かう途中の廊下で急に口を開く。
初め「何の話だろう」と思っていたその言葉は次第に現実味を帯び、“あの二人”という木更津にしてはあまりに不親切な代名詞を理解した私は、「ああ、あの二人ね」と親友カップルを思い浮かべる。

「うん。そう」
「凄いな」
「確かに、両想いのくせにお互い進展させようとしないあたりとか、引っ込み思案なとことか、思い込み激しいとことか、真っ直ぐすぎるとことか」

「いろいろ厄介な要素持ちではあった」と言葉を選びながら、目ざとい木更津なら気付いていそうなところと、私の主観から見た篠崎巴という親友の悪い癖を順々にあげていくと、「だろ?」と彼は苦笑した。

「でも、そのときは大してそうは思わなかった気がする」
「よく覚えてないんだ?」
「必要ないでしょ? 今ああやって笑ってるんだから、そういうのは本人達が覚えていればいいんだよ」
「まあ、そうだな」

「佐伯がお疲れ様って」と彼の口ごしに相手方の親友から労わりの言葉を受け取って、「どういたしまして」と私よりも気にかけている様子だった佐伯を思い出して無難な返事を言伝た。

「今回も篠崎案?」
「残念ながら」

「何だよそれ」と可笑しそうにクスクスと独特の笑い方をする彼に、巴企画の場合は毎度毎度、事実上の幹事が私であることを告げる。すると一瞬にして納得したような顔になり、それでもまだ笑っている彼は、私の目を見て二つ、嬉しい申し出をする。

「じゃあ今日は、俺も何かあったら手伝うよ」

今日も言えない「大好き」の言葉

(それは助かる、と私は無愛想に頷いた)
  • 2010/06/25
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