「……」
「、どうかしたのか?」
「いや、何でも……」
「そ、」と言って木更津は手にあった飲み物を一口、口に含んだ。
相変わらず綺麗な横顔だな、と一瞬だけ横目に見て、何も考えないようにと近くにあったフライドポテトをつまむ。
ここはうちのクラスがよく利用するカラオケボックスだ。
いつも通り受付を済ませる役割は私が引き受け、そのまま順々に進行される。
いつもと違うのは、私のすぐ横に木更津がいることだ。
注文をとったり、時間の知らせを受けたり、そういう役割は基本的に私がやる。それはもう当然のような位置づけになっていて、そのため私は入り口のすぐ傍の席に座っていた。
――――じゃあ今日は、俺も何かあったら手伝うよ
その言葉は本気だったらしい。
助かる、とは言ったけれど、正直人と役割を分担したりすることは学校の委員会以外ではやったことがなく、今日のような宴会にも似たそれの場合は全て私がやっていたのだから、どんなことをどう任せればいいのかよくわからなかった。
何より、彼が横にいることが落ち着かない。
私の“下心”がバレないように、と必死になっていた私は、きっといつもの私よりも断然静かで、断然大人しくて、もしかしたら人形のようだったかもしれない。
いつもより静かで、いつもよりも大人しいは、普段からあまり活発的ではないように思う。
学級委員長をやりながら国語係を任されている彼女はしっかりしていて、クラスの中でもわりと頼られる感じの印象があった。
三年間同じクラスという、他の男子よりもわりと近いと思われがちな位置にいるのに、用事がなければ話しかけにもいかないような関係の俺との間には基本“雑談”というものが足りていない。
一年からずっと、の周りには男の気がなかった。
浮ついた噂もなく、外見が人並み以上くらいには目立つというのに“告白”というイベントが彼女周辺で発生するとすれば、が相談を受けていた女子が男子に告白する、というようなものばかりだ。
は間接的に関わったとしても直接手を出すことをしない。
だから、篠崎とバネの仲立ちをというクラスメイト……――俺の想い人がしたという事実に目を見張る、まではいかずとも驚いたのは事実だった。
普段からあまり隙のないはいつも以上に隙がなくて、話しかけようと思うと「飲み物頼むけど、何かいる?」と横にいる俺から順に注文を聞く。
さっきからそういうことやってるのばっかりなんだけど、と思うと、今まで気付いていないところで彼女が気を回し、クラスのテンションが上がるのを妨げないよう、雑用とも言える仕事を請け負ってくれていたことに気付く。
歌うことはせず、皆の歌をボーっと聞いていたは、傾けたグラスに今まで入っていたメロンソーダが入っていないことに気付き、一瞬動きを止めてから俺の方を向いた。
「何か飲む?」
「俺がやるよ。何飲む?」
「え、」と驚いたように声を上げたは、不思議そうに小首をかしげた。
「今日は俺も手伝う、って言っただろ?」
「え、でもたいしたことじゃ……」
「“たいしたこと”じゃないなら俺にだってできるだろ」
「そういう意味じゃ……えっと、じゃあコーラで」
「了解」
クラス中に聞きまわり注文を済ませた俺がの横に座ると、それと同時に扉が開いた。
「お邪魔します」
「……あれ、佐伯?」
「何でここに?」とすぐ近くにいたがまた首をかしげる。
サエは扉を挟んでの隣に座り、「篠崎がね」と友人の恋人の名前を口にする。
「……あいつ、呼んだの?」
「あいつって、って見かけによらず口悪いよね」
「ああ、そういえば伝言聞いた。本当に骨折れた。今度何か奢ってよ。何か言いた気な顔して行動に移さなかった佐伯さん?」
「酷い言われようだな。俺が動く前にが動いたんだろ?」
「じゃあ行動の遅い佐伯さん?」
言いくるめられ、困ったように笑う佐伯に「冗談だよ」とニヤリと笑い、は何もなかったかのように前を向いた。
それを確認したサエが俺を見て手招きする。
「……何?」
呼ばれたのでそばまでいくと、耳をかせと言われて膝を折る。
嫌な予感しかしない。
「もたもたしてると、とられるよ」
ニヤリ、とさっきののような笑顔をして、サエは俺の背をポン、と叩いた。
サエがを好きかもしれない。
そう思っても違和感がない。
「木更津、どうかした?」
席に戻った俺にが不思議そうな顔をする。
そんなに挙動不審だっただろうか、と内心冷や汗をかきながら、俺は「いや、何でも」と答える。
その様子を見ていた篠崎が、バネの横でこちらを見て微笑んでいたのに、俺はまだ気付かない。
君の想いを聞かせてよ
- 2010/07/01
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