「送っていくよ」

目が点になった。

未成年の滞在時間ギリギリまでいれば流石に空も暗くなっていたとはいえ、まさか木更津からそんな言葉が出ると思っていなかった私は呆気にとられ間抜けな顔を晒すことになった。「送っていく」という言葉が何か違う言語のように思えたが、木更津が話すのは紛れもなく日本語だ。驚いて身動きができないでいる私の肩に、巴が後ろから手を置いた。

「送ってもらいなよ。流石に危ないって」
「で、も」
「木更津なら家の方向と一緒だよ」

方向、一緒だったのか。今初めて知ったその情報にまた驚いて、そんな伏線を張られてしまっては断る理由がなくなってしまった、と思う。これ以上私に緊張しろというのか。この親友は鬼だ。

「じゃあ、私はバネと帰るから。二人とも、また休み明けねー」

黒羽の手を取って歩き出す巴を呆けて見ていると、木更津が「じゃあ行こうか」と言った。それにとりあえず「うん」と返して彼の横に並ぶ。他のクラスメイト達は方向が同じ生徒達と男女なんて関係ないという体で連れ立って帰って行った。流石仲良しクラス。

「お疲れ」
「え?」
「事実上の幹事?」
「ああ、ありがとう。木更津もお疲れ様。助かったよ」
「俺は何もしてないよ」

いや、横にいるだけで私を緊張させてくれたよ。そしてその緊張は、周りをいつも以上によく見るのに役立ったよ。そう思ったが勿論口には出さない。というよりも、あのときよりも今の方が緊張する。何せ二人きりだ。
巴は私が木更津を好きなこと、知っているのだろうか。誰にも言っていないその気持ちも気づかれていたっておかしいことはないのだけれど。

さ、いつも一人で帰ってんの?」
「うん、大体そう」
「危なくない?」
「今まで危ない目に遭ったことはないよ。何で?」
「何でって……別に」
「ふうん」

ふうんて、無愛想すぎやしないだろうか。自分で言っておいて不安になるのは相手が木更津だからだ。それ以外に考えられなかった。別に、付き合いたいだとか告白をしたいとか、そういうのはあまりない。ただ会話をしただけで嬉しいし、見ているだけでもよかった。だから急に二人きりにされたりすると戸惑う。多分、考えていなかったことだから。

「次から、ちゃんと送るから」

「え」と固まってしまった私を、木更津は横目でチラリと見てすぐに視線を前に戻した。「嫌じゃなかったら、だけど」。嫌なわけではなく、必要以上に緊張してしまうのだ。今の態度も嫌だからだと思われているのだろうか。それはあまりにも。

「嫌じゃない」
「そう?」
「ただ、少し緊張するだけ。……男子と二人になることなんてあまりないし」


そうだった。は篠崎とは違って、自分からガンガンいくタイプじゃないんだった。今更ながらそれを頭の中に浮上させると、のぎこちない様子がそのせいだという結論に行きつく。大人びていても同級生で、まだ中学三年の女子だということを失念しそうになっていた。彼女は向こうから来られれば男女分け隔てなく接するが、自分からいくのは基本的に女子だけだ。それが女子の普通だ。篠崎がフレンドリーすぎるだけで。

「そう」
「うん」

そしてその、男子と無意識に一線を置くような、彼女の周りに男の気配がないことで俺は安心していたのだ。安心していたに、すぎない。佐伯じゃなくても、他の男子だって、これだけ気が利いて、大人びていて冷静で、となれば放っておくはずがない。篠崎が明るいからは目立たないなんてそんなことはない。人間関係を築く上で対照的な二人だからこそ、いいバランスでどっちも目立っている。思えばは何気に有名だ。学級委員三年目ともなればそうだろうか。おそらく俺達の学年でを知らない奴はいない。全員と話したことがあるとは言わないが、名前を聞けば「ああ、さんね」となるタイプだ。

そう思うと、俺が今までいかにうかうかしていたのかを知る。

のことを気になりだしたのは一年のときだったと思う。気になるという段階だったが、とりあえず意識はしていた。それから徐々に大きくなっていった気持ちは所謂〝恋心〟。と付き合いたいだとか告白をしたいだとか、そういうことを思ったことはない。なかった。だけど、他の奴と――たとえばサエとが、なんてことになったら確実にモヤモヤする。いい気もちではいられない。ということは、俺も無意識の間に彼女を手に入れたいと思っていたわけで。理解したら早かった。どうやって距離を詰めればいいのだろうと考える頭はテストの時よりもよく回転してその切欠を探す。

「……木更津さ」
「何」
「この間の会話聞こえてた?」
「この間?」
「というか、昨日」

いろんなものを伏せたの言い方はわりと珍しい。意見はきっちり言えるタイプだ。じゃなかったら三年間も学級委員長なんてやってない。がこうも気にするような会話が俺の耳に入っていた、というのは、思いつく限り一つしかなかった。

「ああ……あれ?」
「やっぱり聞こえてたか……」

はあ、とため息をつく。そうも困る内容だろうか。確かに俺もドキッとしたが、彼女がそれに動揺する理由が、あまり鮮明に浮かばなかった。俺と同じ意味でだったら、いいのに。そう思う。

「〝横にいてもいいような気がするんだよね〟ってやつだろ?」
「言わないで」

「恥ずかしい」と呟くように言ったは視線を俺とは逆の方へ向けた。何その反応。の耳が赤いのは、寒いから? そこまで寒くはないだろうと結論づけると、俺にとって嬉しい方向へ思考が傾いて、他の考えはなかなか浮かんでこなかった。これは、期待してもいいのだろうか。と俺の視線は合わない。

言うなら今しかないような気がした。

「……俺は」
「?」
が好きなんだけど」

は俺なんかどう?」。そんな軽く聞こえる口調で吐き出しても恥ずかしいものは恥ずかしい。できるだけポーカーフェイスを装っての方を向くと、彼女はひたすら驚いたような顔をして俺の顔を凝視している。

「嘘じゃないよ」
「……木更津が、私を?」
「そう」
「それは、ラブで?」
「ラブで」

頬も赤く染まってきたはあまりに可愛かった。そんな顔するんだな、と頭が理解するともうやばい。

「あの」
「うん」
「私は、木更津が好きなんだけど」

「お付き合いするってことで、いいの?」 とどうしたらいいのかわからない顔でが問うから、俺は 「いいよ」 と言って手を取るしかなかった。

知らぬは当事者ばかり

「バネのときに協力できなかったから、だったら俺はこっちかな? と思って」「佐伯まじナイス!! ありがとー!」
  • 2012/09/23
  • 3
    読み込み中...

add comment