2話

「清には十番隊に入ってもらおうと思う」

気を取り直したように総隊長が言う。その言葉に驚いたのは、彼女ではなく俺だった。

「十番……水仙のところですね」
「そうじゃ。よく覚えておったの。嫌だと言ってもお主に選択権はほとんどないんじゃが」
「別に選ぼうと思ってるわけではないですけど、なんでです?」
「知り合いがいる隊は嫌だと言ったのはお主じゃろう」

先ほどまでの不満を一切見せない無表情で彼女が「ああ」と納得したように頷く。その様子に、「骨が折れたわい」と総隊長が苦い色の乗る声を出した。

「十一も陽が入ってしまったし……もう七と十しか残っておらんかったんじゃ」
「で、七よりは十の方が合うと」
「七の方が合うのか?」
「僕は十で大丈夫ですよ」

不満の原因であった先ほどの問題は、仕方がないと諦めたらしい。兄の方は更木の霊圧が近づいてきているからと乱闘に戻っていった。隊長及び副隊長補佐官という地位に重圧があるわけではないらしく、今の様子はこの部屋に入ってきたときと同じく、凪いでいる。揺らいだのは平ではないとわかったあのときだけで。

「紹介が遅れたのう。この者が、」
「水澤清といいます。顔見知りの多い中なので自己紹介はしません」

総隊長の言葉を遮り、自分の名前をその声で紡ぐ。その様子はさも当然と言いたげで、総隊長が苦い顔をした。

「人の話は最後まで聞くものじゃ」
「総隊長殿に説明なんかさせたらどんな尾ひれがつくかわかったものじゃないので」
「それから、その敬語はどうしたんじゃ。気持ちが悪い」
「嫌がらせです」

ぷっと誰かが吹き出した。京楽だ。それを総隊長は横目に見て、笑うんじゃないと訴える。京楽はしまったと言わんばかりに口を手で覆った。総隊長は一つ咳払いをし、俺に視線を向ける。

「日番谷隊長、清を見てやってくれるかの?」
「……はい」

〝知り合いがいる隊は嫌〟という縛りがあり、なおかつ七番隊と十番隊以外の隊に本当に知り合いがいたのだとしたら、うちの隊に彼女が入ってくる確立は十三分の一、ではなく、二分の一だったということだ。松本の「隊長、他人事じゃないんですよ」が今になって急に身にしみる。

総隊長の秘蔵っ子が、十番隊に来る。

その事実はもう変えようがない。いらないと突っぱねるにしても、彼女がどこかの隊に配属されなければならないのは決定事項で、その上で総隊長自身が七番隊よりは十番隊の方が水澤に合うと、そう言っているのだ。

押し付けられた形になるのか。厄介なことになるのではないか。そんな思考がよぎったとしても、それを肯定するだけの材料が今の俺にはなかった。何か事が起きたとき、どう対処するのかはそのときの俺が考えることだ。まだ何も起こってはいないのに決め付けることはできないし、それを理由に断ることもできない。

「それでは、今日はこれで解散じゃ。清はわからないことがあったら日番谷隊長に聞くように。以上」

総隊長のその声に、厳粛な空気が解けた。注目の集まる水澤は今一度「はあ……」と大きなため息をつく。何人かの隊長はさっさと部屋を出て行ったが、残った隊長の視線は一様に今日来た彼女に注がれている。

「久しぶりだねぇ清! お母さんは元気かい?」

場の空気を切り裂くような明るい声色。水澤はそれに視線をやると、「京楽さん」と彼の名前を呼ぶ。京楽と浮竹が水澤ににこやかな様子で歩み寄っていた。

「母さんなら相変わらず。京楽さんも元気そうだね」
「清も全然変わってないだろう。元気そうでよかったよ」
「浮竹さんこそ、体調には気をつけないと」

はははと苦笑する浮竹に、無表情のまま「いや、冗談じゃなく」と軽く返す水澤。どうやら彼等は既知であるようだ。彼女の言う〝知り合い〟というのには隊長格が存在するらしい。
そういえば、「顔見知りの多い中」とさっき言っていたなと思い当たる。そうすると、ここに残った者だけではないのかもしれない。

「でも本当に、二人が元気そうでよかった。ずっと姿が見えなかったから心配していたんだ」
「心配されるようなことは何もないよ」
「今回は災難だったねえ。山じいにまんまとしてやられちゃって」
「本当にね……」

はあ、とつかれたため息にまた笑いが起こる。

「にしても、知り合いがいる隊は嫌だ、なんて本当に言ったの? 僕のところにきてほしかったんだけど」
「それは嫌」
「一刀両断は寂しいよ」

京楽のように彼女をうちの隊へ、と思っていた隊は少なくはないのだろう。そうふと考える。なんといったって総隊長のお墨付きだ。即戦力を欲しがるところはいくらでもある。
本来なら知り合いが居る場所というのはやりやすいはずだ。何も知らない組織の中に突然放り込まれるなら、普通はそちらがいいだろう。中途半端な時期であるなら尚更。それを嫌がるというのはどういうことなのだろうか、と考えるが、今日会ったばかりのやつの考えなんてわかるはずもない。
思考がまとまるでもなく、通り過ぎていった。

三人が談笑しているのを見ながら、いつ声をかけようかと考える。ふと部屋を見渡すと、意外なことに朽木がまだ残っていた。

「朽木も、水澤の知り合いなのか?」
「……そんなところだ」

話しに入っていく気はないらしい。彼は水澤をチラリと見て、静かに踵を返した。そうして彼女と一言も話すことなく、部屋を後にする。

「日番谷隊長、ごめんね。話し込んじゃって」

朽木の後姿を見ていた俺に、京楽が言う。「ああ、大丈夫だ」と返事をしながら、その後ろに居る水澤に目を向けた。

「十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ。今日からよろしく頼む」
「水澤清です。よろしくお願いします」
「じゃあ日番谷隊長、清をお願いね」

京楽と浮竹が優しい目で水澤を見る。随分親しいらしいと思いながら「ああ」と言葉を返すと、彼らは二人そろって部屋を出て行った。

「じゃあ、十番隊に行くか」
「はい」

俺が歩く一歩半ほど後ろを、彼女が何も言わず歩いて追ってくる。ちょうどいい距離感に思わずほっと息をつきながら、これからどうしようかと一人思案する。
水澤は何も言わない。ただ周囲を適度に観察しながら俺の後ろをついてくる。その様子を感じながらただ歩いた。

(こいつ、本当に強いのか?)

身長を思えば、どうしてもそう考えずにはいられなかった。これが本当に、総隊長が熱心に欲しがるほどの力を持った人物なのか。

黒い髪に少しきつい印象のある水色の瞳。俺と同じ目線の背丈。整いすぎた容姿と存在感は、戦闘とはかけ離れいるように見える。刀を腰に二本帯刀しているが、それでも強く見えるかと言われると思わず唸ってしまうくらいだ。
しかしそれを不躾に聞くことができるほど、俺と彼女は親しくない。まずは基本的な事務処理から教えて、そこから先は、それが済んでから考えればいい。

それに、外見がどうと言うなら俺も人のことは言えないのだ。俺も彼女と変わらない身長で、今隊長の椅子に座っているのだから。
外見をどれだけ見たところで、水澤清の力量に触れることは恐らくできない。巧妙に操作された霊圧は今のところ平の隊士となんら変わりない。だが、巧妙に操作されているからこそ、計り知れないということもあるのだ。

現に、落ち着き払ったほとんど揺れのない雰囲気は確かに普通のものではない。

執務室の前に着く。俺は水澤を振り返って、「ここが十番隊の執務室だ」と一言。彼女は真っ直ぐに俺を見て、「はい」と返事をした。
一度見たら忘れない顔というのは、こういうことを言うのだろうと、俺は呑気に思っていた。

  • 2020/06/09
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