「浮竹、お昼一緒にどう?」
じゃないか」

私はその日、昼食の時間に十三番隊を訪ねていた。
浮竹は突然の来訪に驚きながらも、いつもと変わらず嫌な顔一つせずさらりと笑顔で迎え入れてくれる。
念のため事前に虎徹三席に彼の体調を聞いてはいたが、今日は本当に調子がよさそうな顔色をしていて、内心安心しながら、私は彼に促されるまま机の前に座った。

「浮竹隊長! さん! お茶をお持ちしました!」

お礼を言いながらお茶を受け取る。
こちらもまた嫌な顔一つせず情報提供をしてくれた虎徹三席が、今日も元気な様子だ。

十三番隊は隊長の人柄かとても開けた空気があって、百年ぶりの顔である私を知らない死神も、浮竹の同期生だとわかると途端に笑顔で接してくれる。なんて居心地の良い隊なのだろうと、同期生として嬉しい気持ちになる。

「あ、これ、美味しかったからおすそわけ。梅干し。浮竹隊長の調子が悪い時にでも、お茶漬けとかにして出してあげて」
「わー! ありがとうございます!」

「では!」と部屋を後にする虎徹三席を見送って、お茶と私が外で買ってきたお弁当を広げ浮竹と向かい合う。ここに京楽――春水がいれば、真央霊術院時代そのものだ。あの頃はまだ幼かった私達も、もうすっかり大人の顔になった。

百年ほど護廷十三隊を離れ過ごしていた。春水の告白を保留にして、逃げるように飛び出した。まだまだ若く、それでいて同期の二人に比べると成長のない私には、隊長の告白を受け入れる準備なんてなにもできていなかったのだ。情けない話である。

若かった私は「死神をやめる!」と山じいに直接退職を願い出た。それはもうしつこく、毎日のように。山じいは散々引き留めてくれたし、何度も何度も正論でもって諭してくれた。

『色恋で自分の職務を見失うでない』

本当に、言われずともわかっているようなド正論だった。けれど、あの時の私には逃げる以外手がないように、思えていた。
ただ春水を避けるのも、受け入れるのも辛かった。もういっそ、彼が目に入らないところに行きたかった。
結局、山じいはあまりのしつこさに耐え兼ね、休職という扱いで私を外に出してくれたのだ。

浮竹は事情もすべて知った上で、何度か文を送ってくれた。けれど護廷十三隊を思い出すとどうしてもチラつく春水の顔に、ついに一度も返すことなく、ひょっこりここに戻ってきてしまったのだ。

彼はその不義理を責めず、「久しぶりだな」とよく知る笑顔を向けてくれるような人だ。怒って当然、見損なわれたって仕方がないのに、彼はそうしない。そんなだから、院生時代から私の恋の相談相手はもっぱら浮竹だった。

「何かあったのか?」
「うーん……ちょっと聞きたいことがあって」
「なんだ、最近は問題なさそうにしてたじゃないか」

浮竹は心配そうに私を見た。それに私は苦笑する。

護廷十三隊に戻ってきて春水と交際を始めると、周囲の知った顔は一様にお祝いムードだった。どうやら隠していたつもりでも、色恋の空気というものは伝わってしまうらしい。春水が私を好いてくれていることも、私が彼を好きなくせにまごついていることも、皆薄々感づいていたのだ。
それがやっと付き合い始めました、となったら、そりゃあもうヒューヒューだ。私だって逆の立場ならそうなる。

彼も私もいい歳ということもあり、あれよあれよと流されるように段取りが整い、結婚したのが今から半年前。
気づいた時には春水の妻になっていた。

交際半年で結婚と聞くと早いような気もするが、私達にはまごついた長い長い付き合いと、時間がある。だからというのもあり、周囲に難色を示す人はいなかった。
ただ、私の感覚だけが「スピード感があるな」とどこか現実離れして捉えている。

交際前、散々振り回したのは私の方だ。
だからだろうか。まだ名前で呼び慣れていないような時期の結婚話や周囲の空気が、春水が外堀を埋めるように積み上げてきたものだと予想がついていたのに、早いと感じていながら拒絶しなかったのは。

早いこと自体は大した問題ではないのだ。
春水がいかに待ち望んでくれていた交際であったか、自惚れではなく、知っている。今より少し若かった頃の告白と、つい一年前、私を呼び出した手紙の文面を思えば。

『この間の言葉は、まだ有効だからね』

百年も前の告白をこの間なんて言うほど、言えるほど、近くに感じる感覚を、私は知っている。
不満もない。不安もない。幸せなのだ。
だけど一つだけ、喉の所に小骨が刺さるような違和感を持ち出したのは、付き合い始めて暫くした頃。それが顕著になったのは、結婚して一月後。

ごくり、とお弁当の唐揚げを飲み込んで浮竹に向き直る。
その様子を見てわずかに浮竹が姿勢を正した。

「男性って、好きだから欲情するというわけじゃないの?」

僅かに沈黙。それからたっぷり間をおいて、彼の口からは「……は?」という抜けた声が漏れた。

「……あまり聞きたくはないが、どういうことだ?」
「付き合い初めて二度しかしてないの」
「…………」

再会し交際を始めたその日と、結婚初夜の二度。たった二度だけだ。

学生のように若くないので旺盛じゃないからだろうかと思いもしたけれど、それにしても少ないのではないだろうか。
男性経験が豊富なわけではないし、ある程度歳をとって以降は春水以外の男性を好いた事もないから、平均などは全くわからない。わからないけれど……

「もし私じゃ満足できないとか、若い女の子じゃないと欲情できないとか、そういう事なら何か対応策を練らないと……」
……」

はあ、と浮竹の重たいため息が聞こえた。

「……そういう事は、夫婦同士で話し合いなさい」

……それができていたら、そもそも相談なんてしていないのよ。


その日帰ってきた春水は、ニコニコと怖いくらいの笑顔を浮かべていた。そう、怖いくらいの、だ。察するに余りある表情だ。
浮竹は仕事が早すぎる。

何事もなく食事を済ませ、二人お箸を置いたとき、春水が口を開いた。

、話があるんだけど」

頷くしかできない私は、食後の片付けを後回しに、その場で姿勢を正した。

「ごめん、夫婦のナイーブな事情を友人に相談してしまって……」
「いや、それはいいんだけどね。……結婚もしたし、は僕の気持ちがわかってくれているものだと思ってたんだけど……不安があるなら僕に教えてほしいな」
「不安……とはちょっと違うのよ」

春水が向けてくれている穏やかな好意は、接していればわかる。
食事には毎度欠かさず美味しいと感想を言うし、隣り合えば手を握る。触れて眠るし、何より向けられる目の優しさを感じ取れないほど、私は鈍感ではない。
それと性欲とが、違う話であろうと捉えているだけなのだ。

「私達は付き合いが長いでしょう? そういう行為にはドキドキ感とか、特別感、意外性とか、そういう物が必要だと聞いたことがあるわ。私達、そういう感覚からは縁遠いと思うの。男性は若いパートナーを好むともよく聞くし……」
「つまり?」
「……私は若くないけど、何か努力で補えるのであれば努力するわ。それでもダメなら、春水は男性だし、時々は花街のようなところが必要かもしれないと思って……」

それまでふんふんと穏やかに聞いていた春水の表情がピキッと音を立てて凍った。
あ、と思った時にはもう遅い。どうやらいけないところを踏み抜いたらしい。ただ必要であろう話し合いをしたかっただけで、何も怒らせたいわけではないのだ。
慌てて軌道修正をしようと口を開く。

「あの、春水……」

「はい……」

怖いくらいのニコニコ笑顔だ。これは本当に怒っているらしい。怖い。

基本的に私と春水とでは、口喧嘩は私の方が弱い。軽口の喧嘩ならしょうがないなあと春水が折れてくれる事の方が多いのだけれど、本当に怒っている時はどうしようもない。

彼はいつも、視点が冷静だ。意見はすべて筋が通っていて、春水がそれを通そうとするのなら、私には反論の余地もない。

はあ、と春水の重たいため息が聞こえた。

「明日の夜は、久々に外食にしよっか」
「……え?」

好意と欲情

(きみは何にもわかってない)
  • 2020/08/09
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