「デートに行こう」

天ぷらを食べて帰った日の夜。春水は私にそう提案した。


デート。なんだかえらい気の入れようだ。
どうやら春水は、いつもの買い物や散歩ではなくどうしても私に〝デート〟を意識してほしいらしかった。

「デート……って、何するのかしら」

わざわざ待ち合わせをして、外で落ち合って出かけるらしい。
「おめかしして来てね」なんて笑顔で言うのだから、自分も着飾ってくるつもりなのだろう。
きちんとオシャレをした春水の姿を想像する。

……適当では行けない。

そもそもどんな服を着ていけばいいのかしら。綺麗系? 可愛い系? 現世にそういう歌があった気がする。

(でも、可愛いって歳じゃないし……)

一度護廷十三隊を出て以来、あまりおめかしをして出かけた記憶がない。いや、もっと前からかもしれない。
外に出られないほど服がないというわけではないけれど、おめかしというほどの服を持っていない。

私はそもそも〝女性らしさ〟を演出しようとして服を選んだ経験がないのだ。

どうしたものかしら……と思い悩んでいると、またも七緒ちゃんが心配そうにこちらを見ている。
どうやら春水のそばで仕事をする関係上、彼が何かを企んでいるのが伝わっているらしく、近頃の七緒ちゃんの様子はどこか過保護だった。

(……休憩になったら、相談してみよう)

私よりもうんと年下の女の子に相談ばかりして情けないけれど、どう考えたって百年間一人で生活をしていた私より、毎日きちんと出勤して人と関わっている彼女の方が、正解にずっと近いのだ。
私はよし、と気合を入れてから、目の前の書類を片付けにかかった。


空が茜色になっている。
私はきっかり仕事を終わらせて、私より遥かに多忙な二人を待っていた。

『デート、ですか』

一緒に昼食を取りながら、相談を持ち掛けると彼女の視線からは困惑が伝わってきていた。
『どうしてそんなに悩んでいるのだろう?』と思っているに違いない。私と春水の夫婦としての成り立ちは、一般的な順序をいくつか飛ばして来ている。

私が彼とデートをしたことがないのだと告げると、蕎麦をすすっていた七緒ちゃんは軽くむせて、咳き込んだ。
そして、『乱菊さんに、相談してみませんか?』と、十番隊の魅力的な副隊長の名前を私に告げて了承を取ると、迅速に松本副隊長に連絡を入れ、今日の終業後の時間を私のために割いてくれたのだ。

さん!」

七緒ちゃんと乱菊さんが小走りでこちらに向かってくる。私はそんなに急がなくても大丈夫なのに、と少し申し訳ない気持ちになる。歳は私の方がうんと上だけれど、彼女達の方が役職が上なのだ。
松本副隊長とは、七緒ちゃんに連れられて行った女性死神協会の集まりで何度かお会いした程度の仲だった。その流れで何度か食事をしたことはあるけれど、特段親しいわけでもない。ただただ申し訳ない。

「すみません、お待たせしました」
「いや、こっちこそ時間作ってもらって……松本副隊長も、ありがとうございます」

深々と頭を下げると松本副隊長はキョトンとして、それから明るく、少し豪快に笑ってみせた。

「堅苦しいのはなしですよー! そもそも京楽隊長の奥さんなんだから」
「夫の肩書きに乗っかるのは、ちょっと……」
「うーん、でも、アタシももっとちゃんと話してみたかったし、乱菊って呼んでくださいよ。さんって呼ばせてもらいますから!」
「それなら……乱菊さん」

どうしても、まだ春水の〝隊長〟の肩書きに気圧される。それで一度逃げ出しているのだから、相当根が深いのだ。
けれど、意を決して瀞霊廷に戻ってきて、結婚までしたのだから。この問題は私がきちんと向き合わなければならない問題だ。
せめて肩書き以外は、彼に釣り合う女性に見えるように。そう振る舞わなければ。

「今日は、よろしくお願いします」

そう、もう一度軽く頭を下げると、彼女はまたもキョトンとして、それからニンマリと笑みを浮かべた。

「絶対、京楽隊長をびっくりさせてやりましょうね!」

素敵な人だ。魅惑的な体系や整った顔立ちだけじゃない。明るく、豪快で、優しい人なのだと一言でわかる。
声色からも、立場の隔たりを感じて恐縮するであろう私を和らげようと、気を遣ってくれているのを感じる。

さん、京楽隊長には、今日のことは話されましたか? お時間大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。七緒ちゃんと乱菊さんとご飯に行くからってちゃんと言っておいたから」
「なら安心ですね」

突然の予定だったからか、七緒ちゃんがほっとした表情を見せる。私は完全に助けられてしかいないのに、そんなところまで気を遣ってくれて……となんだかジーンとする。
本当に、百年ぶりくらいなのだ。こんなふうに誰か同性と、仕事や昼食以外で一緒に出かけるなんて。

デートの不安も勿論あって、相談したい気持ちも勿論ある。
けれど今、純粋に楽しんでしまっている私がいる。

「京楽隊長って、結構心配性なんですか?」
「いや、そんなことはないと思うけど」
「結婚してからさんのご飯が美味しいからって、京楽隊長家に真っ直ぐ帰ってるみたいなんですよ」
「えー! 京楽隊長ってもっと奔放そうに見えるのに。付き合いもいいし……さん、料理上手いんですね」
「いや、長く一人で暮らしてたから……」

他愛ないことを話しながら、女三人姦しく。こんなのは本当にいつぶりだろう。
誰かと一緒に買い物なんていうのも久しい。

職場内の雰囲気は極めて良好だ。久々に復帰した私のような者にも、快く接し、受け入れてくれている。
けれど、私が隊長の妻であることや、かなり年上であることも手伝って、中々友人付き合いというのは難しかった。

楽しいな、とこんな機会をくれた春水に心の中でお礼を言う。


乱菊さんに連れられて、服や装飾を選びに行く。
普段は死覇装しか着ていないと言っても過言でないくらい着飾らない私は、服というのはこんなにも華やかだったかと目を白黒させながら、彼女らの会話についていくので精一杯だ。

「結局、和装でいいんですか?」
「そうね、現世では馴染むんでしょうけど、デート中に人の目が気になってしまいそうで……」
「あー、確かにそうですね」

「京楽隊長に集中したいですもんね」とニヤニヤしながら、乱菊さんが言う。

そんな可愛い理由ではなく、単純に、歳なのだ。
相応に似合う、彼の横に並んでも恥ずかしくない装いでなければと思うのもそうだけれど、元々おしゃれをしてこなかった者がいきなり挑戦するには、洋装はまあまあの勇気がいるのだ。

「色のある服を着るので精一杯なのよ……」
「普段よっぽど興味がないんですねえ。素材はいいのに、勿体ないですよ」

だって、文句を言われないんだもの……と心の中で言い訳をする。

そもそも学生時代からこうなので、春水は一度も私に服装について言及したことがない。なんなら、彼の方が百倍おしゃれだ。

今日食事をして帰ると連絡したときだって、彼の声色が少し柔くなったのを見逃していない。
バレているのだ、本来の目的が何なのかが。

さん! これなんてどうです?」

二人に進められるまま、着物を体に合わせていく。
春水の横にこれを着た自分が並ぶことを想像し、ああでもない、こうでもないと、真剣に彼を思い浮かべる。

やがてピンと、「あ、これだ」と三人口をそろえて言った着物を抱えて、お店を出て二人に深々とお辞儀をした。

「二人とも、今日はありがとう。私一人じゃ選べなかったわ」
「いえいえ、私こそ楽しかったです。さん、よかったらまた出かけましょ」
さん、デート楽しんでくださいね」

七緒ちゃんと乱菊さんの背中を見送って、夜の冷たい空気の中帰路につく。

お友達と一緒に、彼の事を思いながら買い物をする時間は私を浮足立たせるには十分で。
なんだか鼓動がとくとくと、暖かい音を立てている。

ここの所、ずっと思い悩んでばかりだったけれど、今度のデートは素直に楽しんでみよう。

時間と心音

(走り出したいくらい、足取りが軽いの)
  • 2021/06/16
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