前々から思ってはいたけれど、こいつは本当に馬鹿だなあ。そう心底呆れ返りながらも見捨てなかったのは、幼馴染という立場故だろうか。馬鹿でアホで短慮。しかも直情的だ。そんなあいつを相手に、他の人間になら注ぐことは有り得ないほどの信頼を寄せていることに、私自信時々疑問を感じる。
〝美〟を追い求めるあまり禁術に手を出した。それを知っても、「ああ、またあいつは馬鹿やったんだな」としか思わなかった。口が増えているのには少し驚いたけれど。
私は忍ではないけれど、両親がそうだったから少しは事情が把握できる。あいつは手を出してはいけないものに手を出してしまったのだ。その直後、私のところへ足を運ぶ頻度が減ったのは追手が付いているからなのだろう。本当に、どうしようもない馬鹿だ。

禁術に手を染めたと聞いたのは、あいつがそれに手を出してから一月後のことだった。

久々にうちに来たあいつが「追手を殺した」と言った。怖くはなかった。だって、この馬鹿のすることだ。忍がそういう仕事であることもよく知っている。うんうん、へーと話を聞いて、私から離れている間どんなことがあったのかを大体把握すると、私は苦笑するしかなかった。追われる身となり、追手を殺し、それでも芸術についてしか語らないこの男は、禁術を得たところでおいそれと変わってくれてしまうような人間ではなかったと確認し、安心した。

『里を抜けた』

そう言ったあいつに「いいんじゃない」と答えた私にあいつは驚かなかった。禁術に染まり、追手が付き、それを殺して、里を抜けたとあれば罪の重さは相当なものだろう。しかし、これからこの男が自由に生き延びる道があるとすれば、それしかないのだ。黙って殺されていれば楽だったと、そう思ってしまうような末路だとしても、私はあいつに少しでも長く生きてほしかった。それを重々に理解してしまった私は。理解した上で、こいつの帰る場所になろうとした私も。

(十分馬鹿だな)

友人と一緒に運び込んだ荷物を片付ける。この機会にといらないものは全て処分して、随分と身軽になった。最低限の生活用具と、これからも店を営むための道具以外ほとんど何も無くなって、私は小ぢんまりとした建物に移ったこの選択に酷く満足しているようだ。
抜け忍になったとしても、デイダラが私の幼馴染であることに代わりはない。馬鹿でアホで短慮で単純で直情的だとしても、仲のいい、私の一番の理解者だ。どんなことになっても縁を切ったりはしないと、ずっと一番近くにいると、昔誓った覚えがある。それをあの馬鹿が覚えているとは思わなかったが、私はそれでもよかった。ただ、昔も、今も、あいつの側が一番心地いい。それだけの話だ。あいつのためじゃなくて、私のため。

「あんたも物好きね」
「うん、自分でもそう思う」
「抜け忍と関わったって、いいことなんて一つもないわよ」
「わかってるんだけどねえ」

「何か、離れられないんだよね」と言った私を見て、巴は僅かに眉を顰めた。それからつかれた溜息は、もう諦めているという類のものだ。彼女は私を物好きだと言うけれど、事情を全て知った上でここまで手伝ってくれているこの女も大概だと思う。言ったら一発くらいは殴られるだろうから言わないけれど。

あいつが里抜けを教えてくれた次の日に、里外れの小さな家を買った。祖父母が昔からやっていた喫茶店を継いで営んでいた私は、それをその場所に移すことにしたのだ。人通りの多くない場所だが、静かで落ち着いた雰囲気は私好みだった。里を出たところで別段困ることもないし、浪費家でもない私は金に困るほどのこともない。しかもこの家、安かった上に小さな畑まであるのだ。手暇な間に野菜を育てれば自給自足も夢じゃない。

「まあ、あんた達昔からそんな感じだったけどさ」
「そんな感じって?」
「付き合ってもいないのに、下手な恋人同士よりもそう見えるってこと」
「ええ、そんなふうに見えてたの」
「というか、恋人通り越して夫婦よ、夫婦」

「ああ、そっちの方がしっくりくるなあ」と暢気に言いながら一箱分の荷物を片付け終えた私を、疲れたのか椅子に座り込んだ巴がやはり呆れたように見つめる。言いたいことは何となくわかるのだけれど、私は今やっているこの行動をやめようとは思わないし、それを巴もわかっているのだろう。このことに関しては、巴がいくら口を出したところで丸め込む自信があった。
私が案外頑固なことも、順応性があるからここでも生きていけるであろうことも、彼女はよくわかっている。

「ほんと、あいつのことになると凄い行動力ね。いつもの物臭はどこ行ったのよ」
「もう家族みたいなもんだからね。家族、大事でしょ?」
「そうね。……あいつの立ち位置は弟? それとも旦那?」
「んー……わかんない。対等な位置」

そう言ってのける私に、巴が苦笑する。私はそれを当然のように捕らえていて、彼女もその回答にしっくりきているのだろう。私達の関係はよくわからない。ただ、幼馴染という関係だけに収めるには近すぎると彼女は言う。私には、他に幼馴染がいないからよくわからない。
馬鹿にしながら、ボロクソに言いながら、私があいつを大事に思っていることを彼女はよく知っていて、口を出せることではないとわかっていて、だけれど昔から、飽きずに私達を心配してくれる。いい友達を持ったなあと思う。デイダラは「ちょっと怖い」と言うけれど。

「……死ぬんじゃないわよ」
「善処するよ」
「善処じゃないわよ。死ぬなって言ってんの」
「仕方ないじゃん。人なんだから、死ぬときは死ぬよ」

「あんたのそういう達観したところが時々怖いわ」。そう言って今日一番の呆れ顔で笑って見せた巴に、私は「ははは」と満面の笑みを返した。

ずっと君の事だけを考えていたよ

(あいつのためなら、死ぬときは死んでもいいと)
  • 2014/02/19
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