抜け忍になったわりに暇なのか、それとも追手が私の想像以上に弱いのか、こいつが妙に強いのか。どれもそうなのだろうな、と思いながら、新居を教えて以来足しげく通っているデイダラの視線を背中に受ける。時折チラリと目をやると、そいつはしっかりそらした後で。何がしたいんだと思ってもつっこまない私も私か。しかし、微妙な空気を醸し出しながら何も言ってこないデイダラが悪いと一方的に決め付けた。今更、何か遠慮するような仲でもないだろうにと思うのは私だけだろうか? いや、昔恋愛相談を渋っていた私に同じことを言ったのはこの男だ。
告白して上手く行っていたと思ったのに、二股をかけられて。思い返して笑いが漏れた。そういえばあの時も。

「? 何笑ってるんだ。うん」
「思い出し笑い」
「キモイ」
「酷い」

あの時も、デイダラは私相手に減らず口を叩いていた。天邪鬼な私は、例えこいつの前だとしてもショックで泣くなんてことはしたくなくて、歯を食いしばって耐えていたかったのだ。それを察したデイダラがとった行動がそれだったのだと、冷静に思い返せばすぐに合点がいく。
次の日に相手の顔がボコボコになっているのを見た時、すぐにやったのはデイダラだと気付いて問い詰めたけど、「興味ねえって言っただろ。うん」とか言って取り合ってくれなかった。けれどあれは、絶対デイダラだったね。幼馴染の目を誤魔化そうなんて百年早い。馬鹿でアホで短慮で単純で直情的のくせに、慣れないことをするからだ。

「キモイ」
「うわ、また言った」
「何思い出してんだよ」
「んー、昔さあ、私が二股かけられたことあったでしょ」

そう私が話を振った瞬間、デイダラの眉間にしわが寄った。私は少し意外に思ったけれど、何もないかのような顔をして湯のみと団子を差し出す。その団子を酷い顔のまま一串食べたデイダラは、未だ不満そうな顔だ。

「ちょっと、不味そうに食べないでよ」
「美味い」
「そうは見えないなあ」
「美味い」
「はいはい。何て顔してんの」

眉間をグリグリと親指で伸ばす。髪がサラサラでちょっと羨ましいなあと思いながら、伸びきるまで伸ばす。その間、デイダラは「うぜえ」とか言いつつ団子を食べていた。うざいなら払えばいいのに、そういうことはしないのか。昔の私はそれを不思議に思っていたけれど、今ならわかる。私がデイダラを家族のように大切に思うのと同じく、デイダラもそうなのだ。これが一方通行の想いでないことくらいはもうわかっている。

「あのとき、ボコボコにしたのでデイダラでしょ」
「違う」
「違わないよ」

苦笑して、真正面からデイダラの目を見た。青い、青い色。美しく透き通っている目の色が、昔からとても好きだった。単純に、見ているのが好きだということもある。しかし悲しいとき、辛いとき、緊張で動けなくなったとき、その青を真正面からジッと見つめれば、私はそれらをやり過ごすことができた。こいつは未だに恥ずかしそうに目をそらすのだけれど。

「……いいよ、そういうことにしといてあげる」
「だから、俺じゃないっつってんだろ。うん」
「はいはい」

素直じゃないデイダラの、否定になっていない否定。それを受け流すようにして、私はそいつに背を向けた。またジッとそらされない視線を感じる。
私は、本当は知っている。デイダラがなぜ、不器用でわかりやすい彼がなぜ、ここに頻繁に通うのか。こうして私に視線を送ってくるのか。不器用だから、聞けないでいることがなんなのか。

『元気か?』

たった一言だ。デイダラが抜け忍になったことで私に悪影響が出ていないかが、そうも気になるのだろうか。似合わない難しい顔をして、私の背中を見ては逸らしていれば、私には簡単にわかってしまうのに。どうも鈍感なデイダラは、私にバレていないと思っているらしいのだ。
バレないように口元で笑う。そうして聞けないでいることで苛立っているあんたより、私の方が危なっかしくて目が離せないなんて、言えばきっとあいつは不満に思うのだろう。お互いにお互いのことを心配して、それでも口に出せないなんて、私達は相変わらず素直じゃないのだ。そしてその性格は、早々変わりそうにない。だからこそ、安定して付き合っていられるのかも知れないなあと、カップを磨きながら思った。

まだ背を向けているのにデイダラの視線が外れる。諦めたのだろうか。忍耐勝負は私の勝ちだったようだ。ふう、と息をつく。仕方ないなあ。

「デイダラ」
「なんだよ」
「元気だよ」

背後で息を呑むような音がした。チラリと顔を向けてやれば、デイダラが驚いた様子であの青い目を見開いている。それに笑って見せると、デイダラは不満そうにそっぽを向いた。

「そうかよ」

そうだよ。返さないでいる応えは私の中に。デイダラがよく通ってくれるからこそ、危険は増えるのかもしれない。けれどデイダラがよく通ってくれるからこそ、力のない私が助かっているのもきっと、また事実。表裏一体とはよく言ったものだと、私は小さく、本当に小さく息をついた。

外せない視線すら気に食わない

(利も害も同じようにあるならば、私はデイダラと居られる方を選ぶよ)
  • 2014/02/27
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