幼馴染というのは良くも悪くも特別だ。

例えそれを理由にふられようとも恨む気にはならないし、ましてや離れようなんて思ったこともなかった。小さな頃から一緒にいたからか、離別というものを考えたことがない。どんな道を進もうと、何となく、自分達はこれからもずっと一緒にいるのだろうと思っている。そしてそれを、多分彼も思っているような気がする。
気がするだけで確認したことはないけれど。


「蓮二ごめん。今日一緒に帰れない」

放課後の教室で、私は幼馴染に声をかけた。これから部活に精を出す蓮二は、大きなラケットバッグを肩にかけている。
いつもならば部活が終わるまで彼を待って、それから一緒に帰宅するのが常だ。時々蓮二が幸村くん達とどこかに寄っていく日は、彼等が気を使ってあらかじめ知らせてくれるし、急なときは私も連れて行ってくれるから、基本的に蓮二と私は毎日のように下校を共にしている。
少なくとも、この一ヶ月は。

「わかった。用事か?」
「うん、あのね」

「彼氏ができたの」。言うと、蓮二は「そうか。よかったな」とそれだけ言って頭をポンポンと撫でた。

一月前、半年付き合った彼氏にふられて縋ったのは彼。部活で疲れていただろうに、「今、暇?」と涙目で打ったそれだけのメールを見て家まできてくれた。みっともなく声を上げて泣く私の横に、ただ静かにいてくれた。それだけのことで落ち着いてしまうのは、幼い頃から培ってきた信頼と波長の問題なのだろうと思う。

「ちょっと仲よすぎじゃない?」なんて、言われなくてもわかっている。流石に高校生にもなればそんなことは自覚済みだ。いくら幼馴染とはいえ、年頃の男女でこうも仲がいいのは普通ではないことくらい。だけどもう、仕方がない。近くにいないと変な感じがするから、仕方がない。

幼い頃から変わらない距離がとても大切だった。どんな関係よりも、壊したくないもののような気がしていた。だからその距離は逆に安心した。変わらないものは、長く続く。

「次は続くといいな」
「うん、ありがとう」

側にいて一番気が楽で、一番楽しいのは正直蓮二だ。今まで付き合ったどんな男の子よりも、蓮二といるときが一番安心するし、一番自然体でいられる。だけどそれは恋ではない。

それなのに私は最低だ。

「お待たせ!」

ニッコリ笑い、私を好きだと言うこの相手より、蓮二の方が大切なんて。
だけどそれもわかったうえで、私を好いてくれる人がいるなら幸せだろうと思う。私に蓮二がついてくるのは必然だと、受け入れてくれるような人。「いるかな?」と友人に聞いたら眉を顰めて「そんな奇特な人そうそういないわ」と言われたから、私は「少しはいるかもしれないんだ」と笑って見せた。能天気、ポジティブ。そんな言葉を単語として私にぶつけてきた親友が、私はわりと好きだ。蓮二の次くらいに。


「あのさ」
「うん?」

「柳のことなんだけど」。そんな常套句によって終わりが始まる平日の昼休み。気まずそうな表情で〝彼氏〟が紡ぐ言葉。
ああ、もう終わるのか。好きになる間もなかったな。そんな思考が一瞬頭をよぎると、私の頭は一気に冷え切り、好きになろうと少しずつ動いていた心が逆戻りする。それなのに私の口元には相変わらず笑みが載り、「蓮二がどうかしたの?」と幼馴染の名を放った。まだ苗字でしか呼んだことのない恋人の前で。

『私は、蓮二から離れられない』

頭の中で前に言った言葉が反響する。半月前に告白されたとき私が言ったフレーズは、彼に正しく届いていなかったのか、それとも彼がその意味を正しく理解できていなかったのか。

『それでもいい?』

あなたは「うん」と言ったじゃないか。
「俺と柳と、どっちが大事?」なんて、そんなことを聞かないだけ彼はいい人だったのだろう。だけど私は、私と蓮二とを引き離そうなんて思う人とはお付き合いできない。

少し異常だと言われたことがある。これは、前の前の彼氏に。普通の幼馴染は高校にもなってそんなにべったりじゃない、とそう言われたことが。彼とは二ヶ月付き合って、結局ふられてしまったけれど、最後の最後まで私を好いてくれていたのはわかっていた。ただ、彼が最後に残した諦めを交えたような言葉は未だに頭にこびりついている。

『お前にとって柳がなんなのか、一回ちゃんと考え直したほうがいいよ』

幼馴染だ。違わないはずだ。
昔は一緒にお風呂も入ったし、遊びつかれて泊まりになったときは同じ部屋で眠った。人肌恋しくなった私と蓮二が同じ布団で眠っている写真がアルバムに入っている。それこそ兄妹のように育ってきた、幼馴染。
誰よりも大切な、離したくない、ただの。

?」

少し切なそうな表情で〝彼氏〟が私の顔を覗く。私は何でもないと首をふって、微笑んだ。「君こそどうしたの?」。消え入りそうな声で話があるんだと言った彼の目は少し揺れていた。いつもよりも光りを返す瞳が、真っ直ぐに見ている。

「……お前のこと、まだ好きだけど」

「勝てる気がしないから」。そう言って淡く微笑んだその顔は、少し傷ついているようにも、諦めているようにも見えた。

大切なただの幼なじみ

(どうして皆、諦めるように私を手放すのだろう)
  • 2012/07/17
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