「私、好きな人がいるかもしれないの」。そう、無表情でポツリと呟くように言った私を巴は動きを止めて凝視して、それからため息を吐く。「なんだ、気付いたの」とさも呆れたような声色は、私が今まで無意識のうちに彼に〝恋〟をしていた事実を再度私に突きつけた。ああ、私の今感じているこれは、気のせいでもなんでもない、事実なんだなあ、と感じる。昨日から頭の中に篭る熱は私から思考力を奪っていった。これが恋だというのなら、今まで付き合ってきた男の子に感じていたアレは、恋ではなかったのではないだろうか。こんな、わけのわからなくなるものが恋だというのなら。

「どうしたらいい?」

その情けない顔に彼女は目を見張った。私、今までこんな顔蓮二以外に見せたことない。だけど今回ばかりは蓮二に縋るわけにもいかないと、流石の私もわかっている。

「……どうするもこうするもないんじゃない。あんた達だとね」

どうするもこうするも、ない。確かにそうだ。距離を縮めようにももう近すぎるくらいに近い。アピールしようにもそんなもので繕えるほどお互いを知らないわけじゃない。私の恋愛遍歴すら彼以上に正しく知る人はいないだろう。そして蓮二は私の恋が本物でなかったことに気づいている。今まで深く考えなかったことが、今になって急に重みを持った。尻軽だと思われてたらどうしよう。そんな女とは付き合いたくないと思われたらどうしよう。
もしかしたら、惰性で一緒にいるだけだと言われてしまうかもしれない。
何か普通よりも可能性が低いような気がしてきたぞ。そうしたら一層情けない顔になっていたらしく、巴にペシンと叩かれた。「可愛い顔が台無しよ」。私の取り得、顔だけかしら。

「あんた、そんなんで今まで通り柳と一緒にいられるの?」
「あれ、私蓮二の名前出した?」
「見てればわかるのよ。あんたみたいな鈍感と違って私は聡いから」
「酷い言われよう」
「否定できるの?」
「できない」

「でしょう?」と見透かした様子の彼女に、私は本当に否定の言葉を返せなかった。いつから好きだったかなんてわからないけど、今、突発的にではないことはわかっている。きっと、もっともっとずっと前。中学の頃は、もう好きだったんじゃないだろうか。ああ、私って本当に鈍かったんだな、自分の気持ちに。人を本気で愛せない体質ではないとわかったけれど、自分の気持ちに鈍感だというそれも、十分厄介だと思う。

「で、一緒にいられるの?」
「……ちょっと、無理」
「ふーん」

ふーんて、親友が困ってるってのに酷い友人だ。巴は空気なんておかまいなしにポテトチップスの袋を開けた。バリッ。今の流れでそういきますか。私はため息をついて巴の前の席に座った。
放課後の教室には人っ子一人いない。下校すればいいものを、酔狂にもまだここに残っている私と巴に気づいている人なんて多分いないだろう。窓から優しく温い風が吹いてきて、今日は湿度もそれほど高くないからそれだけでわりと涼しかった。それでも首を伝う汗が恨めしい。
外から聞こえてくる部活動の音は、私の頭に蓮二を思い描かせるのに十分な効果を発揮した。
思えば私は蓮二のことばかり考えている。
チラリと視線を窓の外にやると、そこからテニスコートが見えた。丸井くんの赤い頭が目立つなあ、とぼんやり思う。思うのに、その視線は赤い彼よりも蓮二に一直線だ。サラサラした黒い髪は、だけど遠くから見れば特徴的でもなんでもない。見つけてしまうのは習慣なのか。意識して考えてみれば簡単に浮かぶほど、私の目は蓮二を追っていた。

ほんと、何で今まで気付かなかったんだろう。

蓮二に対する感情に恋愛を当てはめる。驚くほどにしっくりくるのだ。他のどの男の子よりも。なんだか心臓の辺りがポカポカと熱を持つのだ。それは夏の蒸し暑さのように嫌なものじゃない。でも同時に、締め付けられるような息苦しさも感じる。これも恋だというのなら、なんだかとても、もどかしい感情だな、と思う。恋だというならというよりは、もう恋だときちんと理解していた。

「私、蓮二が好きだ」
「そうね」
「好き」
「そういうことは本人に言いなさいよ」

巴の声に押し黙る。私はそれに返すのを躊躇ってしまった。だって、仕方ないじゃない。

「言えない」

十分に間を取って落ち着けたはずだった声色は、それでも今日発した中で一番情けなかった。ああ、本当に好きだとこうなるのかしら。でも仕方ないよね。
今までの距離が近かっただけに、告げてしまって離れるのがとても怖く感じる。私は多分、本当に、冗談じゃなく、『蓮二から離れられない』。言葉の意味をきちんと理解していなかったのはどちらなのか。私は蓮二に恋をしていて、私は蓮二が好きで、私は蓮二が大好きで、この先蓮二が私の横にいなくなるようなことがあったら、死んでしまう気すらする。それくらい、愛でいっぱいだ。

「言えないよ」

情けないな。本当に恋をすると、こんなにも怖くなるものなのか。こんなにも辛くなるものなのか。こんなにも切なくなるものなのか。とても、息苦しい。今の私は、蓮二から離れたくないのに蓮二の横にろくに立てもしないだろう。一緒に歩いて笑いあうなんてできないだろう。そういう情けなさを今、感じている。

でも仕方ないじゃない。好きなんだもの。

巴の視線が刺さった。冷たくない。呆れてない。ただ、意味を冷静に理解しているような視線だ。静かで、笑うでもなく、情けないと馬鹿にするでもない。巴のそういうところが好きなんだと思う。だけど蓮二に対する好きとは違うな、とまた思う。蓮二、蓮二、蓮二、蓮二、蓮二だ。私の世界はもしかしたら蓮二を中心に回っているのかもしれない。だったら蓮二は常に二十三度傾いてないといけないなあ。

「……ま、今はポテチでも食べて気を紛らわしなさいよ」

ちなみに、そういうムードもへったくれもないところも好きだよ。

初めての秘密

(どうしたらいいかわからなくなったとき、頼るのはいつも蓮二だったのに)
  • 2012/09/18
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